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2007年6月21日 (木)

181系「うずしお」

四国は、外から見てみると非常に小さい島なので、
4県は非常に近く、東京からみた埼玉や神奈川、千葉みたいなものか、
と思われる方もいらっしゃるかもしれません。

しかし、四国の中心部はほとんど「山」。
香川、愛媛、高知、そして徳島の4県は、それぞれ山をパーテションとして
綺麗に分断されています。
今でこそ、「Xハイウェイ」こと、4県を結ぶ高速道路が繋がっているので
非常に早く、簡単に県境をまたぐ事ができますが、
少し前まではとても大変な事でした。
実質、四国4県の県庁所在地を結んでいたのは、国鉄四国支社の運転する急行でした。

高松から松山には「伊予」、
高松から高知へは「土佐」、
高松から徳島へは「阿波」。
県庁所在地へ向かう急行は、江戸時代の国名で統一されてました。
さらに、
高知から向こうには「あしずり」、
松山から向こうへは「宇和島」、
徳島から向こうへは「むろと」という急行がありました。
あと、徳島から四国の中心にむかって「よしの川」という急行も。
このように、四国は急行王国でしたが、
さすがにキハ28、55、58の足には限界があり、
遅ればせながら、特急が登場する事になります。

四国初の特急は「南風」と「しおかぜ」で、
前者は高松から高知へ、後者は高松から愛媛へと走っていました。
国鉄終焉までは、上記の陣容のままでした。

JR四国になり、瀬戸大橋線が開通して宇高連絡線が廃止される頃、
185系型特急を大幅に増備して、急行網を、ほぼ一気に特急に切り替えました。
今から考えると、かなりドラスティックな変革です。
「南風」「しおかぜ」は、それぞれ岡山発の「新幹線連絡特急」に。
高松発着のこれまでの経路は、高知行きが「しまんと」に、松山行きが「いしづち」に。
そして、初めて徳島行きの特急が設定されました。それが「うずしお」です。

「うずしお」は後発の特急だった事、また、元々乗客が少ない路線である事から、
キロハ以外は全て先頭車で構成される185系のみで運行されていました。
(今は、ほとんどが2000系です)
通常は2両ないし3両で、正月や「阿波踊り」の時は5両、という事もありました。

さて、国鉄時代から「四国特急の顔」だった181系ですが、
「とてもディーゼルカーとは思えない」超高速特急・2000系の大量投入により、
かなり早い段階で引退と相成りました。
まだ、東海や北海道では82系が最後の活躍を見せていた頃ですので、
JR四国の英断はすごいものがあります。
しかしまた、国鉄時代の車両に思い入れのある人間には寂しいものでした。

1993年の早くに定期列車から撤退した181系。
しかし、一部が予備車として高松運転所に残る事になりました。

予備車、と書きましたが、これは正確には正しくありません。
93年の末に動員される、はっきりとした理由がありました。

93年の秋、香川と徳島で「東四国国体」というのがありました。
香川と徳島をまたいでの開催だった事から、
両県移動の足として、高徳線が重要になるものと考えられました。
なので、この国体の時期、うずしおは臨時増発を行い、
加え、通常2両で運転している定期列車も増車する事になりました。

しかし、185系では足りない事が明白、という事で、
すでに引退していた181系を投入する事になりました。

181系、「初・うずしお」「初・高徳線」。
徳島の鉄道ファンは、この大イベントに沸き立ちました(ホントか?)

931103_11
EOS5
EF100-300mm F4.5-5.6 USM (トリミング済み)
KONICA XG 400
JR高徳線 阿波大宮-讃岐相生
1993年11月3日

久しぶりに見ても、この写真には震えます。
今から考えると、サイドが影になっているのがちょっと残念ですが、
人生に何度も無いであろう大イベントに遭遇でき、それを記録に残す事ができた事、
心から誇りに思います。

ちなみに、11月の頭は、実際には国体は終了していて、
すぐ後に開催される「身体障害者スポーツ大会」の時期になっていたように思います。

この国体の時、僕は高1でしたが、非常に忙しかったです。
学生時代のほとんどは、吹奏楽部に所属していました。
国体では、開会式や閉会式で式典音楽隊の一員でした。
確か、700人の吹奏楽に1000人の合唱!、という規模だったと思います。
他にも、各会場のファンファーレや表彰の音楽なども演奏して回ってました。
この写真を撮った2日くらい前にも、演奏しに行ってた覚えがあります。

ついでに、もひとつの東四国国体ネタ。
この国体で、徳島側のマスコットキャラクターとして作られたのが、
最近、「ゆるきゃら」として一部で話題?の「すだちくん」です。
「チャットモンチー」の3人もラブラブでテレビで紹介していた事もあります。
普通、この手のマスコットキャラは、イベントが終了するとさよならするものですが、
「すだちくん」だけはしぶとく(?)生き残り、
最近では、映画「バルトの楽園」のロケ地(セットが一般公開されている)のマスコットとして再登板、
また、今年末に開催される「国民文化祭」(文化の国体)でもマスコットになる、というすさまじさ。
誕生からすでに15年にもなろうというのに、なんという人気の高さ!
ちなみに、実家に帰ると、当時の「すだちくんグッズ」がいろいろあったと思うんですが、
2度の引っ越しがあったので、結構捨ててしまったような気もします・・・。
あれ、これは「すだちくん」ブログか・・・???

(08/10/29修正)181系を撮ったレンズ名を修正。

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コメント

なるほど、
次に讃岐相生に行ったあかつきには、
マクロレンズで激写しておきまっせ!(笑)

投稿: ごっさん | 2007年6月28日 (木) 01時14分

そういえば讃岐相生駅の柱に私の名前が落書きされています。
犯人は煙草を教えてくれた同級生のキャツ等だったと思います。
まぁかれこれ20年近く昔のことです。
もしかしたら朽ちてしまったかもしれません。

でも…
いわゆる下ネ単語の合間を縫って書かれていた気がするので
どちらかというと、朽ちてしまえ!と思います。
(いじめられていたわけではありませんYO!)

投稿: みー | 2007年6月27日 (水) 01時04分

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