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2007年8月 6日 (月)

*ist Dsを買おうと思ったあの日

「一眼レフも、いずれはデジタルの時代が」
なんて言い始めたのは、もう21世紀に入ってからだと思うんですが
(当時、ニコンやキヤノンが既にデジイチを作っていたが、
雲の上、というよりは星に手が届く程値段が高かった)、
気がつけば、そう思っていた数年後には、
PENTAXの「*ist Ds」を買っていました。
時に、西暦2005年。(「宇宙戦艦ヤマト」風に)

今は無き「有楽町Sofmap」の中をブラブラしている時、
フと手にしたこのカメラのファインダーを覗いた瞬間、
「あ、これなら、撮れる」と直感的に思いました。
それまで、デジイチに対して抱いていた観念が、
すべて吹き飛ばされる程のインパクトがありました。

なぜ、そこまでデジイチに抵抗を覚えていたのか。

2003年には、既に兄貴が、
キヤノンの「EOS 10D」を使っていて
(どうでもいいけど、「10」「10D」「D10」って、
紛らわしい名前をつけないでください、キヤノンさん)、
帰省時にさわらせてもらった事もあるんですが、
その時の印象は「うわ、こりゃ、たまらん」、でした。
僕は、EOS630、EOS5と歴代のEOSを使ってましたが、
どうにも、その感覚と違う「違和感」があったんです。
見た目はEOSでしたが、何か、手にしっくりこない。
カメラって、手先の神経と一体化しないと写真は撮れない、
と思っているので、
「こりゃ、作品の撮れるデジイチに出会える日は、
まだ先の事だなぁ」と思ったものです。
それが、2003年夏の話しです。

それが、*ist Dsは、手にした瞬間に、
何をすれば写真が撮れるか、すぐに分かる感覚がありました。
単純に写真を撮るだけじゃなくて、
プレビューの仕方、設定の変え方など、
もう、展示品を見ただけで分かる直感的操作性。
そして、ペンタプリズムならではのクリアなファインダー。
まぁ、これが一番の決めてだったと思いますけどね。

で、その場で衝動買い…、はしませんでした。
だって、高かったんだもん(汗
帰ってからじっくり、ネットで安いのを探し、
結局、新宿にある某カメラ屋(って、いっぱいありますけど)
のオンラインショップで購入。
ちなみに、店頭で買うよりも随分安く買えました。不思議な話です。

僕が、デジイチ欲しいなぁ、と思った理由はいろいろありますが、
やはり、当時住んでいた近くを常磐線が走っており
そこから103系が撤退する日が近づいていた、
というのが一番大きかったと思います。

それまで、ニコンのコンデジ「COOLPIX880」で頑張って撮ってまして、
これはこれでいい画が撮れるカメラで気に入ってたのですが、
いかんせん、TIFFを1枚記録するのに30秒!くらいかかるので、
非常にもどかしくて仕方なく、また、当然ながら
シャッタータイムラグなど一眼とは雲泥の差だったので、
きちっと作品を残すにはさすがに不十分なカメラでした。

で、*ist Dsを購入し、喜び勇んで撮影に行った際、
撮影したのが、この写真。

Imgp0023
PENTAX *ist Ds
SMC PENTAX-FA 28-105mm F3.2-4.5 (85mm域)
1/350秒 F8.0 (ISO200)
JR常磐線 北小金-南柏間
2005年2月5日

なにせブランクが長いので
(「リバイバルつばめ」を写して以来の出撃だったので、
約4ヶ月ぶりの撮影。あれ、意外にブランクが短い?)、
ちょっとイマイチな感じの写真です。
でも、常磐線は難しいんですよ!なかなか撮れる場所がなくて。
ずっと、どこで撮るのがいいか、悩みまくってました。

ファイル名に「23」の数字があるので、Dsを買って、
23枚目に撮った写真、という事になります。
この頃は、まだカウンターとして役に立つ数字が出ています。
後に、電池が切れてリセットされ、
また、長期入院したら、逆に「7568」なんて数字になって戻ってきたりで、
今となってはまったく当てにならない数字となっていますが…。

2005年は、この調子で103系をあちこち撮って回りましたが、
2006年に入って103系が引退すると、
「次は東京口113系!」と頭では思っても体がついていかず、
矢吹丈よろしく「燃え尽きちまったぜ」と真っ白になり、
ほとんど撮影に行く事無く、Dsは眠る事が多くなります。

それが、再び「鉄道写真の鬼!」(?)と化すきっかけについては、
以前のエントリーで述べたところです。

ここ2週間ばかりは、私用でばたばたしていて、
またちょっとお休みモードになってますが、
千代田線から207系が無くなる前に写さないと!、
京葉線の201系も写さないと!、と目標だけは決まっています。
ただ、こうも暑いと、サンニッパを持ち歩く体力もなく、
また家でゴロゴロするようになりそうな予感も(滝汗

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コメント

@みーさん

 うわぁ、みーさんがこんな長いコメントを(笑)

> 望遠&マクロはこの前買ったので次は広角?

 今使っているズーム(18-55mm)も充分広角だから、
さらに広角となると、やっぱ魚眼になっちゃうんだろうなぁ

 その前に、まずは望遠レンズでしっかり写真を撮らないと!

 高徳線の写真、期待しています(*^_^*)

投稿: ごっさん | 2007年8月 8日 (水) 22時20分

@兄じゃ

> ワタスの10D

 なんだ、K10Dを買ったのかと(爆)

 ぼちぼち初代のkiss digitalが安くなってきてるなぁ、
なんて浮気心?も出しつつ、
あの時の違和感を思うと、手を出そうという気にもなれず。

 あのファインダー、あの操作性でもバカウケしたところを見ると、
一般ユーザの求めるものは、我々とはだいぶ違いそうじゃのぉ。

投稿: ごっさん | 2007年8月 8日 (水) 22時18分

うーむ、兄弟揃って私の頭に?をたくさんつけてくれる…。
被写体発見→構える→ピピっ→シャッター押す→にんまり
これが私の思考回路、なんて単純、しかも「にんまり」て。

そんな私ですが、レンズ購入を考え中。
望遠&マクロはこの前買ったので次は広角?
キレイで壮大な景色をとりたくて。
讃岐の一面に広がる田園風景とか?
その中を走る1両編成の高徳線とか?

 昨日ごっさんに背後から「SDカードってぇ…」
 って質問を投げたばかりですが(笑)

勝手ながら私のカメラ関連のセレクトは
アニー&ジョージに従うと決めたんで♪
もちろん価格次第ですが…。ぶー。。。

今度撮影の時に便利な
巾着風レンズ袋(肩掛け仕様:イメージ)を
オリジナル(手作り?!)で作ってみたいと思います。

投稿: みー | 2007年8月 8日 (水) 11時06分

ふむ、ワタスの10Dが話題に登っておるようなんでじっくり参るか・・・w


今となっては懐かしい、あのEOS10D。
実を言えば、これは「好き好んで」買ったワケじゃなかったんですね。
ズバリ言えば「被写体の期限に、僅か半年、間に合わなかった」んです。そう、私の大本命たる「PENTAX *ist-D」が。
(しかも出てみれば、当時カメラからの画像出力しか知らなかった私の目には、*istDの自然な画は
キヤノン特有の「のっぺり塗り絵アニメ彩色調」に押され、ダメだこりゃ的に映った記憶があります。甘かった・・・
この状況は、その後RAW現像を社外RAW処理ソフトで行うようになって、大逆転しました)
当時、北陸本線の特急「雷鳥」には、まだボンネット型の車両が現役で
半年後には消滅してしまうこの被写体を、自分の叶えうる最高の画質で・・・という願望が、ついに普及価格帯にまで届いたデジタル一眼・「EOS10D」を指名したのです。
2003年・3月のことでした。
当時の実売価格20万円前後は、まさしく「破格」の一言。
このカメラ導入のために、それまであったすべての機材を処分しました。オリンパスE-20、SONY DSC-F717、Nikon E5700・・・
今にして思えば、相当の覚悟と決意をもって臨んだ、ドラスティックな変革でありました。

期待に違わず、EOSはその優れたシャッターレスポンスで
120km/hで疾駆するボンネット車の、そしてその他9月をもって引退してしまう数々の列車の最期の雄姿をバタバタと射止め
後日導入した予備機・EOS-D60共々、見事にその任務を全うしたのです。

しかし、使い込むにつれ、どうにも違和感が拭えないのです。
このへんは弟の記述と同じ。
ファインダー一つを取ってみても「ペンタプリズムのくせに見づらい・・・ピントも掴めない・・・こればかりは歴代最悪だ」
そもそも私は、銀塩時代からして「EOS」の使い手ではありませんでして、余計「馴染めない」感じはありました。

この不満を一挙に払拭してくれたのが、現在の愛機「*istDS」なのでした。
シャッターレスポンスに多少の弱みを持つものの、被写体を確実に見据えるファインダー、手に馴染むボディ、スムーズな操作感覚・・・
そして、タムロンやM42スクリューなど、旧世代の名レンズへの親和性の高さ。

写真を撮る行為そのものの楽しさの差は、たちまち使用頻度の差として現れました。
そして、休みがちになって来たEOS10Dは、文字通り「遅れて来た競合機」*ist-D中古機の導入によって等価交換の対象となり、第二のユーザーの元へ旅立って行きました。
私のデジタル一眼ラインナップは、ここにPENTAX機での統一と相成ったのです。

このように、写真を撮るための機械として、いま少し馴染みきれなかった感のある残念な機種となりましたが
デジタル一眼の持つ圧倒的な可能性を切り開く「尖兵」としての役割を果たしてくれたことは、素直に偉業であったと言えます。
自分的にもさることながら、世間的にもそうであったように感じます。
何しろEOS10Dの大ヒットの半年後には、この機種の基本システムを叩き台として開発され、その圧倒的コストパフォーマンス(低価格・当時としては)で
デジカメ業界に大旋風を巻き起こした、あの「EOS300D(和名・EOS Kiss-Digital)」が登場するわけですから。
この大きな変革期に喰らい付くことが出来たのは、EOS10Dのおかげです。
ありがとう。今も何処かで、誰かの想い出を刻みつけているだろうか・・・

いやぁ、また長々とすまんねぃw>弟者

投稿: gochi-zoh | 2007年8月 7日 (火) 03時23分

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