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2008年10月19日 (日)

センチメンタル・ジャーニー~「阿波」「よしの川」を追った1日

初めて急行「阿波」を撮ったのは1990年11月頃、
高徳線・牟岐線からすべての急行が消えようかという直前。

最初で最後の「阿波」の撮影は、
ただただ悔いばかりが残るものとなり、
急行「よしの川」では、きっと同じ思いをしないようにしよう、と心に誓いました。

901100_22
Canon EOS630QD
SIGMA 70-210mm F4-5.6
JR牟岐線 二軒屋-地蔵橋間(現・文化の森駅付近)
1990年11月頃

この1枚が、「ちゃんと鉄道写真を撮れるようにならなきゃ」、
そう思った、決定的なきっかけであった気がします。

それから8年、98年3月に、急行「よしの川」も引退
(正確には、キハ58/65としての。99年まではキハ185にて運用)。
その間、1駅ずつ下車してしらみつぶしに撮影を重ねるも、
結局、充分な満足感を得られる程のカットは残せず、
無力感ばかりがつきまといました。

980308_13
Canon EOS5
EF35-70mm F3.5-4.5
KONICA LV400
徳島線 川田-穴吹間(穴吹川橋梁)
1998年3月8日

そして、徳島を走る急行にリベンジする機会が失われたまま、
約10年の月日が流れました。
そう、永遠に・・・、そうなるはずでした。

あるいは、今回のキハ58・65のさよなら運転、リバイバル「阿波」「よしの川」というものは、
今度こそ、あの悔しさを晴らす、本当に最後の機会だったのかもしれません。

今にして振り返れば、いつになく緊張し、
何かに取り憑かれたようにこの日を迎えたのも、
今回の運転が自分にとってどれほどの重要な意味を持つことか、
それを証明してくれている気がします。

10月17日、仕事を終えてからすぐに新宿にむかい、
夜行バスの乗客となりました。

機材は、どんなシチュエーションにも対応できるよう、
手元のレンズでカバーできる全ての焦点距離を撮影できるものを用意。
すなわち、DA18-55mm、TAMRON60-300mm、AT-X150(150-500mm)、
そして、おそらく最も使う可能性の高い単焦点レンズという事で、
お気に入りの、DA21mm、EBC Fujinon55mmの2本も。

結果的には、この2本の単焦点だけを使用したので、
後のズームは保険になってしまいました。
なお、これらはKマウントの機材となるので、使用カメラは*ist Ds。
なんとなく、今回の撮影は、*ist Dsの集大成にしたい、
そんな覚悟も感じさせられる旅立ちとなりました。

***

東名工事のため1時間遅れで徳島に着。
勝瑞までは久しぶりにキハ47の乗客となり、
重いディーゼル音が、今日1日の開始を告げてくれます。

実家での朝食もそこそこに、オヤジのアベニールを借り、
向かうは県道1号線、大坂峠。

午前は兄貴も出撃するとの事だったので、
全うな写真はまかせて、こちらは大俯瞰を狙います。
かつて走りなれた讃岐路、瀬戸内海をバックに…

しかし、着いてみて仰天。
裏をかいたつもりが、既に先客…、しかも、後からも撮影者は増える一方…、
こんな山奥、知る人ぞ知る、かと思ったら、有名ポイントだったんですね。

ただ、割りとベテランが多く、
和気あいあいとカメラ談義・鉄道談義に華をさかせる楽しい時間となりました。

皆さま、長玉を駆使されてたので、
生まれついての天の邪鬼・ごっさんはFujinon 55mmを装填。
この場所の感覚だと「超広角」です。
汽車の姿は豆粒同然…、

Imgp034201
PENTAX *ist Ds
EBC FUJINON 55mm F1.8
1/800秒 F8 (ISO200)
高徳線 相生-阿波大宮間
2008年10月18日

シャープな単焦点を使いつつも、やはり、1000万画素クラスのカメラを投入すべきだったかも、
ならば、兄のK10Dを借りるか、D80を持ってきておくべきだったか、
と、悔やまれるところです。

Imgp034202
PENTAX *ist Ds
EBC FUJINON 55mm F1.8
1/800秒 F8 (ISO200)
高徳線 相生-阿波大宮間
2008年10月18日
※上記写真から、大幅にトリミング

※ちなみに、本当は、このアングルを狙いたかったのですが・・・、

941008_06
P30DATE
高徳線 相生-阿波大宮間
1994年10月8日

14年の歳月は、木々を成長させるには十分だったらしく、
既に失われた光景となっておりました・・・。
下草を刈る事はできても、木を伐採する事は出来ませんので・・・
(特に、田舎の山は地主さん個人の所有物だったりするので、尚更・・・)

***

撮影後は、すぐに「よしの川」のポイントへ移動すべく、
今来た峠道を逆走し、藍住インターより高速へ、
そして、実は今まで一度も撮影した事のない、山川駅付近へ直行。

本当は、通い慣れた穴吹川で、とも思ったんですが、
きっと、入り込む余地も無いほど混むだろう・・・、と予想し、
こちらならまだマシかな、と思って来てみました。

そうは言っても、川田川付近は混むだろうな・・・、と思ったら大当たり、
到着した時点でも、もう20~30人ほどが待機してました。

ならば・・・、と、地図上で気になっていた小川の方へ移動。
すると、こちらには人影まったく無し。
さっきも書いた通り、天の邪鬼なごっさんはこちらに三脚を構えました。

かなり広角が必要な場所だったので、
いつもキャップ代わりにDsに装着している、
しかし、キャップ代わりの割には、あまりに出来の良すぎるDA21mmで狙います。

1000系や、「アンパンマン」185系などで試写を重ねますが、
このスピードで駆け抜ける列車に、モードラをたく事は不可能。
この場所に来たら、というワンチャンスを狙うべく、
神経を集中し・・・、

と思ったら、さぁ後5分ほど、というところで、
「おっかけ」の集団が10人以上、わらわらとやってきて、
どやどやと写し始めます。
それでも、なんとか集中力を切らさぬよう待機、
踏切がなり始める・・・、これが、本当に最後のシャッターチャンス・・・、

来た!

Imgp035701
PENTAX *ist Ds
SMC PENTAX-DA 21mm F3.2 AL Limited
1/1250秒 F5.0 (ISO200)
徳島線 山川-川田間
2008年10月18日

んんん・・・、枕木3本くらい、シャッターが早かった!
なので、上の写真は少しトリミングしてます。
ピンも、少しはずれたかな・・・、
シャッター速、1/2000位の方が良かったかな・・・

・・・とても、「完璧!満足!最高!」というシャッターは切れませんでした。

でも、これまで撮った「よしの川」の中では、
一番いい写真だったんじゃないかな?

だとすれば、今回の撮影、「良」くらいの点数は付けられそうです。

ところで・・・、

さっき、おっかけの集団が来た、と書きました。

鉄道の楽しみ方は人それぞれ、
一人一人が、違う思いを抱いてここに来ているわけで、
それはそれで、別に構わないのですが。

ただ、僕は、このたった1枚の写真に、
約20年の歳月、悔やみ、今度こそ、もっといいものを、
そんな思いの全てをかけて臨んでいました。

しかし、彼らは、約5分の間に現れ、撮影し、次の瞬間には消えていました。

20年と5分・・・、

この時間の違いは何なのでしょう?

今回、僕は「土佐」の撮影には行きませんでした。
あくまで、「阿波」と「よしの川」に、
自分自身の「何か」を求める、そういう撮影だったからだと思います。

なので、「土佐」は写しに行ってはいけない、
といういう気持ちでした。
写しに行く時間はありましたが、悔いはありません。

僕は、この山川のポイントには、約1時間半おりました。
車は、少し離れた所に置いたので、
ここまで、片道約20分歩いてきました。
山川をこれだけ歩くのは、実は初めてです。

1時間半いる間に、いろんな人に話しかけられました。

その中に、小学生くらいの少年もいました。

「こんにちは!何してるんですか?」
「むか~しのね、古い汽車が走るんだよ。」
「ふーん。あっちにも、人がいっぱいいました!」
「そう、みんなも、懐かしい汽車を撮りにきてるんだよ」
「そうですか。頑張ってください!それじゃ!」

彼が生まれた頃には、国鉄色の急行は走っていませんでした。

でも、彼が住んでいるこの町には徳島線が走り、
そこには、こんな色の汽車が、毎日走っていたんです。

そして今も、徳島線には、毎日汽車が走っています。

初めて写真を撮る場所は、必ず歩いて回る、
そうすれば、撮る写真も変わってくる・・・、
広田尚敬さんが、テレビでも語っていました。

山川の自然に触れ、人とふれあい、風を感じ・・・、

広田さんの言葉の意味が、少し分かった気がします。

約20年経って、ようやく、スタートラインについた、
そんな気分です。

さて、次は何の列車を撮りましょうかね!

ちなみに、今回は、
買ったばかりのビデオカメラ「iVIS HF100」も持参、
一応、こちらも回していました。
動画の編集は時間がかかると思うので、
また、後日アップしたいと思います。

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コメント

どうもお疲れ様でした。

僕と兄の別行動は、割といつものことですよ。
同じ写真を撮っても仕方ないですからね、って事で。

兄の写真も、この後アップします。

金長狸様はじめ、熱い思いを込めた写真が上がってますね。
どれだけの思い出を乗せて、
58と65は走り抜けていったのやら・・・
幸せな最後になりそうですね。

ちなみに、この「よし!」は僕なのかなぁ。
すぐ真横・真後ろにもいっぱい人いましたから。
カシャカシャって音も聞こえてますが、
僕が切ったシャッターは「1枚」ですのでww

投稿: ごっさん | 2008年10月21日 (火) 01時00分

乙でした~~
??兄者とは別行動??
山川とは渋いところを~~いいな~~
わしはさらに下がって小島で・・・
成果は、サヌキノユメうどん板もしくはひうちくんの板でご確認を~

ps:動画最後の「よし!」が全てを物語ってましたね(^^)

投稿: 金長狸 | 2008年10月20日 (月) 22時48分

>「土佐」

「日曜も写していけば」というメールをみて、
初めて「あぁ、そんな事もできるんだっけ」
と気づいたくらい。
完全に、頭の中は「阿波」「よしの川」だけだった。

それに、「土佐」とか「伊予」は、
キロを挟んだ6連こそが真の姿かとも思うし・・・。
そっちは、まさにイベント。
でも、58+65の「阿波」「よしの川」は、
まさに、昔のそれ、そのものでもある。

まぁ、最後に撮った「阿波」と「よしの川」が、
手元のライブラリの中で「一番古い姿」をしている、
というのも、なかなか滑稽ではあるがw

にしても、「阿波」の「2回目」の撮影が出来るとは・・・、
人間、長生きしてみるもんだ。

投稿: ごっさん | 2008年10月20日 (月) 01時38分

追伸;

>穴吹川橋りょう
オヤジのレポートによれば、普通に多めの人出程度で、入り込む余地は大いにあった様子。
ワシも大いに予想外だった。どうあがいても人様の構図に入る川岸部分を除けば、到着時点で立ち位置は選び放題だったのである。

>大坂峠
結果論だが、じつは往年の立ち位置より約500mばかり高松側へ山道を進み高度を下げた状態が、この写真の状況に極めて近いのだった。
樹木などの生育や倒壊・枯死などで、ベストの立ち位置は刻々変化しているみたいだ。
朝、ゆっくり話せる余裕があれば、パドック情報として提供出来てたなぁ・・・むねん。

投稿: gochi-zoh | 2008年10月20日 (月) 00時36分

>「土佐」見送り
やはり信念があったんだな。でなきゃスケジュールの余裕から見ておかしいとは思ったんだ。
そもそもそれは「想い出の車両の姿」ではあっても「我らの想い出の中に染み付いた実体験」でもないわけだし、な・・・

>撮影結果
こっちは大坂峠インカーブ接近戦の方では、中望遠構図で痛恨のミスファイア(シャッター叩いたつもりが入力認識する前に指が離れていたようだ)
広角側も若干振り遅れで、結局さらに広めの台紙をあとから用意する羽目になったりと
前夜からの下草刈り等周到な準備のわりには、昨今の練習不足や、過度の緊張による影響を露呈する形となり
結局は保険を掛けた形での「構図のみ作成・オヤジにレリーズ依頼」が最も出来が良かったという、少々手応えの薄いものではあったり・・・

それでも、形振り構わず打てる手を全て打ち尽くした結果、親子兄弟総出での共同作業による大成功、と思えば
これはこれで感慨深いものがあると言えそうだ。


・・・次に彼らの姿を見るのは、西条の博物館ということになるんだね・・・。・゜・(ノД`)・゜・。


ps.
>初めて写真を撮る場所は、必ず歩いて回る、
>そうすれば、撮る写真も変わってくる・・・
重い言葉だった。
自分は今、あまりにも「結果」だけを追い求める「職業写真家に近い「作業」行為」に、傾倒し過ぎてはいないのか・・・?
もう何年、のんびりと列車に揺られる時間を放棄しているのだろう・・・。

このままでは、「新たな思い入れの創出」など出来ようわけがない。
このままでは、古参の車両の減少とともに、自分の中からこの趣味そのものが枯渇してしまうのではなかろうか・・・?

投稿: gochi-zoh | 2008年10月20日 (月) 00時26分

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