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2009年3月 8日 (日)

91年5月2日、EF35-70mm他購入、の明細発掘

おもしろいネタは無いかなー、と思って、
ネガの入っている箱を漁っていたところ、
何やら、見慣れないネガ袋があったので、
「なんじゃこりゃ?」と思って開けてみると、
当時、キタムラで売っていたフィルムに貼ってあった
「現像代200円引き」のシールを集めて入れておいた袋でした。

現像をイセキに出すようになってからも、
フィルムはキタムラで買うことが多かったので、
もしもの時のために、と思って保管していたようです。

他にも、「フジカラープリントお試し50%引き券」なども入ってましたが、

その中に、何やら明細書が入ってます。

なんじゃ?

と思って出してみると・・・

Ef3570_910502

おお!なんと、フジヤカメラでレンズを買った時の明細じゃないですか!

日付は、平成3年(1991年)5月2日、となっています。

名前などはいちおうぼかしてみましたが、
あえて、年齢だけそのままにしておきました(笑)
13歳、1ヶ月後の誕生日で14歳なので、中学2年生になったばかり。

という事は、1989年10月10日にEOS630QDを購入した時、
一緒についてきたSIGMAのWズームは、
わずか1年半ほどしか手元になかった、という事になります。

「売・\10.000-」というのは、その、
2本のSIGMAのズームを下取りに出した時の買い取り額です。

もっと長く使っていたような気がするけどなー。

この時買ったレンズのうち、EF70-210mm F4の方は、
翌年くらいにUSMのF3.5-4.5に買い換え、
そのまた翌年(こちらは記録があり、93年8月11日)に、
EF100-300mm F4.5-5.6に買い換え、現在に至ります。
(その後は、EF80-200mm F2.8 Lに・・・、という計画?妄想?もありましたが、
現在のところは、その気配はありません。だって、まだ高いし~)

そして、もう1本のレンズであるEF35-70mmは、いまだに、
EOSシステムの標準レンズとして活躍しています。

恐らく、この日、フジヤカメラの中古コーナーに並ぶまでは、
ワンオーナーで3,4年くらい使われてきたのでしょう。
そして、ドナドナされてフジヤにやってきて、
何やら、徳島の田舎からやってきた青二才のガキに買われて、
わけもわからずモードラ連射で電車を撮るのに使われたり、
修学旅行先の風景とバスガイドのお姉さんを撮るのに使われたり(爆)、
卒業式で友達や先輩、後輩を撮るのに使われたりと、
かなり縦横無尽な活躍をしてくれました。

一度、EF28-105mmへの下取り交換計画、という危機?もありましたが、
その時点でも買い取り価格はだいぶ下がっており、
売るくらいなら、大事に使おうかなー、と思い、
ずっと使い続けているうちに、
気づけば、18年もの歳月が流れてしまいました。

東京で買われ、徳島で約10年を過ごし、
またまた東京方面に戻ってきたEF35-70mm。

AFは遅いしウルサイし、写りは決してシャープじゃないし、
広角はお世辞にも足りないし、望遠もお世辞にも足りないし。

それでも、EOSに35-70mmをつけて撮影に行くときが、
一番手にしっくりと来ます。

不思議なもので、同じ画角になるはずの、
D80 + 24-50mmの組み合わせでも、
EF35-70mmを手に写すときの感覚にはならないのです。
何故と聞かれても、説明の出来ない「勘」の問題です。

そういう言い訳を積み重ねると、レンズが50本以上に増えます(笑)

ともあれ、単なる明細書でも、レンズにとっては出生届のようなもの。
大事に保管しておきたいと思います。

実家に帰れば、もっといろいろな明細の類が残っているはずなので、
あのレンズはいつ買ったか、なんて事を、
いろいろ思い起こしていきたいと思います。

Dsc_104601

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コメント

キヤノンはあれだな、
AE-1で成功した頃から、
「売れる工業製品」を作るうまみに目覚めて、
大事なものを見落としている気がする。
例の大分の件も、さもアリナミンだと思う。

しかしそれでも、
やたらオタカイEOS-5Dがバカみたいに売れるという、
キヤノン信仰の根強さ。
う~む・・・

投稿: ごっさん | 2009年3月12日 (木) 22時11分

>言い訳
(・∀・)<バレタ!!

>デジタルEOS
同様の理由で、最早手を付ける気にはなれない。RAWにも不具合があったと聞くし。
二大巨頭というのもなんかアレだが、「今現在の時点で」CとNどっちかからしか選ぶなと言われれば、もう迷う理由がない。
今後の頑張りはあるのだろうか・・・

投稿: gochi-zoh | 2009年3月10日 (火) 20時05分

を、言い訳言い訳(笑)

しかし、いくらEOS630+EF35-70mmが手放せなくても、
デジタルEOSだけは、どうしても手が出ない。

こういう、ユーザを馬鹿にしたような、
しょーもないミスをやらかす会社の製品は、
どうも信頼がおけない・・・↓↓↓

http://dc.watch.impress.co.jp/cda/dslr/2009/03/03/10328.html
http://dc.watch.impress.co.jp/cda/dslr/2009/02/03/10124.html

投稿: ごっさん | 2009年3月 9日 (月) 23時57分

>何故と聞かれても、説明の出来ない「勘」の問題

解るなぁ、その感覚。
何しろそれと全く同じ理由で、今ミノルタ(SONY)に返り咲いた自分自身がいるわけで。
これまた説明は不可能に近い。強いて言うなら「実家に帰ってきた」的な安心感が沸いた、とでも言うしかない。
ペンタは使って面白い。ニコンは絶対という文字を確約してくれる。銀塩コンタックスは世界最高のレンズの世界を覗かせてくれた。
そしてキヤノンには世話になったが結局「馴染みきれなかった」。
なのに何故フラリと、ミノルタの忘れ形見のようなA-100を購入してしまったのか・・・

それはきっと、茶筒と呼ばれたAF第一世代のレンズを再び手にしたときに感じた「懐かしさ」「安心感」が欲しかったからなのだろう、と。
そしてまた当時のレンズ群が、面白いようによく写ると来た日にゃ・・・

投稿: gochi-zoh | 2009年3月 8日 (日) 17時42分

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