オレンジ色の愛たち

Olympus PEN F
G.Zuiko 40mm F1.4
国鉄 西国分寺駅
昭和40年代後半頃
兄がまだ幼稚園頃のネガから引っ張ってみました。
恐らく、父か母が撮ったものだと思います。
激変する東京の景色の中で、
まだ、この頃のたたずまいを残しているのが、西国分寺。
この前後の区間では、大規模に高架立体交差化され、
国立駅の駅舎などの、昔ながらの景色が失われたのはご承知の通り。
それを思うと、兄の故郷が、
比較的当時と変わらない姿で残っている事自体が奇跡と言えます。
中央線と言えばオレンジ、国電と言えばオレンジ。
戦後復興を象徴するような明るいペンキの輝きが、
まもなく、都心の中央と、遠く秩父の山奥から姿を消そうとしています。

Nikon D80
SIGMA ZOOM 21-35mm F3.5-4.2
1/500秒 F8.0 (ISO200)
秩父鉄道 武州荒木-東行田駅
2010年1月3日
正月に、秩父鉄道まで撮影に行ったのは、
先々月のエントリで既に書いたとおりですが、
この翌日、オレンジ色の旧101系(1000系)の1011号は、
主電動機の故障を起こし、自力走行が不可能となり、休車。
丁度、東急から中古車の旧8090系が追加導入された事もあり、
このまま廃車になるそうです。
秩父鉄道「7500系車両導入記念&1011号引退記念乗車券の発売について」
結局、あの1月3日の撮影は、
オレンジ色の101系の「最後の活躍」の記録となってしまったわけです。
兄弟揃って、「まだまだ101系健在なり!」を実感していただけに、
この知らせは大変ショックでした。
まして、101系に幼き日の想い出を抱く兄は、尚更の事でしょう。
そして、その101系が、かつてMT46のモーター音を轟かせた中央線。
先日のダイヤ改正をもって、2編成の201系は定期運用を離脱した、との事。
桜の時期に、最後の活躍を見せてくれるだろう・・・、
と思っていただけに、こちらも大きなショックを受けております。
これから廃車になるまでは、JR東日本八王子支社が組んだ、
「さよならツアー」を中心に最後の活躍を見せてくれる予定ですが、
どうせなら、日常的な「東京行き」「高尾行き」などを、
いつもの表情で撮りたいと思っておりましたので・・・
これから何回かに分けて、
僕と兄が撮った「オレンジ色」の記録を、
アップしていこうと思っております。

PENTAX *ist Ds
旭光学 Fish-eye-Takumar 18mm F11
1/250秒 F11 (ISO400)
JR中央線 市ヶ谷-飯田橋間
2007年3月10日
※掲題は、1979年に放送のドラマの名前から拝借しました。
※今回のエントリでは、こちらのブログの記述等を参照しました。
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コメント
何もそんな早起きしてまで行かんでも、
もう充分撮ったであろうに、
なんて思いながら写しに行ったもんだが、
それも、最後の餞(はなむけ)を、という虫の知らせだったのかもしれん。
やはり、101系には、オレンジ色がよく似合う。
投稿: ごっさん | 2010年3月17日 (水) 00時38分
上記、1011fの誤り・・・嗚呼、何をやっとるかワタスはorz
投稿: gochi-zoh | 2010年3月16日 (火) 23時35分
1月1日、元旦。
昭和の国電を時代錯誤したような、ノスタルジーに溢れた鉄道風景を
ひと目弟者に見せてやろうと強く決意して、熊谷を後にしました。
もちろんその日も、1012fは快音上げて秩父路を駆け巡っていたのです。
そして迎えた1月3日。
あの日が、1012f・・・この世で最後の「オレンジ色の101系」の、力尽きる前日だったとは。
それこそ親類縁者の訃報のような衝撃ではありますが、それでも後悔することだけは免れました。
苦しい財務事情のなか、奇跡的に「なにも業務予定が無い」年末年始のスケジュールを幸いと
散財を覚悟のうえで秩父への長期滞在を決意したことを、心からよかったと思いました。
撮影日の全日において、その元気だった姿を、心ゆくまで撮りきりましたから。
いうなれば死に目に逢うことが出来たうえで、しっかりとけじめを付けての別れです。
もう、思い残すことはありません。
その最後の雄姿を、兄弟揃ってこの目で見届けたことを、私は一生涯、忘れない。
投稿: gochi-zoh | 2010年3月16日 (火) 23時32分