先日、チビを、平塚方面まで「いちご刈り」に連れて行きました。
赤い物体を見るだけで興奮して鼻息が荒くなる程のいちご好きなので、
取り放題食べ放題のいちご刈りに大変ご満悦。
僕が、割と早々に「もう満腹~」と白旗を上げたというのに、
チビは最後までもりもりと食べまくっておりました。
いつも、チビと出かける時は、カメラを持っていくようにしています。
折角なので、いろいろ機材をチョイスして持っていくようにしております。
最近だと、A-1だのCanon7だのCanonet GIII-17だの
(あ、なんでキヤノンばっかし・・・)
今回は、最近めっきり使っていなかった「Nikomat EL」にしようと決めました。
で、レンズは、55/1.2か、50/1.4にしようと思っておりましたが、
「そういえば!」と思い出したのが「ヨンサンハチロク」でした。
デジタル(D80)では既に撮っておりましたが、
ちゃんとフィルムのカメラで、イメージサークルをいっぱいに使った写真は、
まだ撮っておりませんでしたので、いい試写の機会でもあります。
今日、現像あがったネガをスキャンしてみたのですが、
驚くべき事に、そこに記録されている画像のなんと生き生きとし、
キリッとしたピント面と、背後の美しいボケの美しい事。
いろいろ揶揄されながらも、60年代Nikkorレンズの代表格として、
今に伝わる銘玉の神髄を、今更に味わっております。
1963年、ニコンが世界で初めて※実現した標準ズームレンズ、
「Zoom Nikkor Auto 43-86mm F3.5」は、
その中途半端な焦点距離で「ヨンサンハチロク」
(あるいは「ヨンサンパーロク」)と呼ばれ、親しまれてきました。
※ここで言う世界初は、「実用的な」、という意味で。
小型化、低価格化で実用的な写りをめざした国産初の標準ズームレンズ
「Zoom-NIKKOR Auto 43~86mm F3.5」 (「ニッコール千夜一夜物語」)
実は、上記のリンク内の最下部にもある通り、
このヨンサンハチロクが発売される2年前の1961年、
ニコンは「3.5~8cm F2.8~4」というレンズを発売すると告知し、予価まで発表していましたが、
直前になって中止になる、という出来事があったそうです。
※参考(1)
SとFマウントレンズのカタログ (「ニコンカメラの小(古)ネタ」)
※参考(2)
Manual Focus Nikkor Zoom lense 35-85mm f/2.8~4.5s (Photography in Malaysia) ※海外サイト
発売中止になった理由は、恐らく、あまりに大きすぎたからでしょう。
フィルター径82mm、重さ1.1Kg!という巨大レンズなので、
とても「標準レンズ」として使えるような代物ではありません。
ズームレンズの存在意義は、やはり、
「レンズ1本で、複数のレンズを持ち歩くのと同じ便利さ」
を実現可能な事にあり、大きくしてまでズームにしても仕方ないではないか、
という結論に達したからだろう、と思います。
これだけ大きいズームになった理由は、恐らく、
そうでもしないと「満足のいく描写」を実現できなかったからだろう、と思います。
今のように、特殊低分散ガラスや非球面レンズを湯水の如く使える時代ではなく、
また、レンズ設計に使えるコンピュータの能力も大した事はありませんから、
設計者がそろばん?計算尺?でちまちまと計算しつつ、
ノートに計算式を無数に書いてレンズを設計。
それを手作業の工程でガラスを研磨して作っていく、という時代、
「小型軽量」で「バリアブルな焦点距離を有する」レンズを、
いかに「現実的な」スペックに収めるかは、非常に難易度の高い仕事だったと思います。
結果として、このレンズは「ワイド端の樽型収差」「テレ端の糸巻き型収差」
「周辺光量不足」「ケラレ」「非点収差」「コマ収差」など、
写真レンズの収差のオンパレードとでも言うべきものとなりました。
開発陣としては、本当は、これらの収差を完璧に補正したい、
と思って設計していたの違いないのですが、
「現実的」には、このレベルまで追い込むのが当時の限界だったんでしょう。
購入した時、ヨンサンハチロクを分解メンテしながら、
あぁ、これは収差も出るよなぁ、と納得がいきました。
以下に、このレンズの構成図が載っているので、ご参照ください。
Manual Focus Nikkor Zoom 43-86mm f/3.5 Auto lense - Part I (Photography in Malaysia) ※海外サイト
元祖標準ズーム 「ズームニッコールオート43~86mmF3.5」 (「ニコンカメラの小(古)ネタ」)
※なお、ヨンサンハチロクは、「New Nikkor」化される際に改良され、
光学系が変わっておりますが、今回は、「Auto Nikkor」時代の初期のもので話を進めます。
このレンズは、ズームレンズとしては比較的ガラスの枚数が少なく、
「7群9枚」で構成されています。
最前面の1群2枚が「第1群」、次の2群3枚が「第2群」で、
少し離れてマウント側の4群4枚が「第3群」となります。
これらのうち、「第2群」はピント、ズームいずれの場合も一切動かず、
フィルム面に対して同じ距離のまま固定されています。
ズームの際は、「第1群」と「第3群」が動きます。
「第1群」は、直進ズームの動きに完全に一致しており、
一方、「第3群」はカムによって、少し放物線を描くような動きをします。
(おおむね、「第1群」と平行した動きではあるのですが)
一方、ピントを合わせる時は、「第1群」だけが動きます。
「第2群」「第3群」は動きません。
ここがまず、当時のレンズとしてはかなり「異例」だと思います。
単焦点レンズの場合、もっとも基本的な「ピントを合わせる時のレンズの動き」は、
「全群移動」、すなわち、すべてのガラス玉が、
ヘリコイドによる前後の動きに合わせて、フィルム面から遠くなったり近くなったり、
という事です。
それに比べるとこのレンズでは、
ピント合わせで動くのはたったの1群2枚で、残りの6群7枚は一切動かない、
という事になります。
しかも、このヘリコイドを動かす時の「第1群」は、
相当な距離を前後に動きます。
当然、動けば動くほど、「第2群」以降に入り込む光軸は変わるはずです。
実際、ヘリコイドを∞←→近接に動かしてみると、
ピントだけじゃなくて、画角も大きく移り変わっていく事が分かります。
しかも、F4Sのような「視野率100%」のカメラで覗いてみると、
近接になっていくほど、画面隅の光量が落ちていき、
最近接の時には、四隅は「真っ暗」になっている事が見て取れます。
近接という事は、レンズは前の方に動いているわけですから、
最近接のところでは、もう実際には135判をフルカバーできるイメージサークルが無い、
という事になるわけです。
実際、このエントリに貼った各種の参考サイトの記述を元にすれば、
ヨンサンハチロクが最もまともな描写をするのは
「距離3m程度の被写体を」「焦点距離60mm程度で撮る」ことのようです。
それ以外の焦点距離、被写体との距離での撮影の場合は、
なにがしかの収差が発生する条件になる、と理解していいようです。
周辺光量の落ち込みを改善するためには、
(少なくともこの設計であれば)前玉を大きくするしか方法がないわけですが、
最初に書いた通り、あくまでズームレンズは「日常的に使えてなんぼ」
という方針だったはずで、これ以上は小さくできない、というギリギリのところで、
フィルター径52mm、というスペックに落ち着いた、というか諦めた、
という事なんだろうと思います。
※普通、サービス判など紙に焼くときは多少トリミングされるのが前提ですから、
四隅に光が来ていないのはある程度やむを得ない、という判断だったんだろうと思います。
恐らく、視野率100%のカメラでポジ撮りする、なんて使い方は、
このレンズは想定していないはずですし。
また、他の収差を含め、画質を改善するためには、
「より構成枚数を増やし」たり「ズームの動きをより複雑にし」たり、
という方法も、当然考えられると思います。
しかし、このレンズは、特殊なプロ用向けのレンズではなく、
一般の写真ファン向けに安価に提供されるべきレンズ。
構成枚数を増やせば原価があがるから価格もあがるし、
ズームの動きが複雑になると、更に計算がややこしくなる。
ややこしい計算によってより複雑な動きのレンズになると、
製造過程がより大変になって価格に転嫁され・・・、となるわけで、
やはり、「ある程度」に押さえないといけない。
なお、ヨンサンハチロクは、Fマウントの物がよく知られていますが、
ほぼ同時期に、レンズシャッター一眼「ニコレックスズーム」にも採用されており、
むしろ、こちらへの搭載を目的に開発されたレンズなのでは?、
とも思われますので、ますます、
「少しでも安く作る」事が至上命題のレンズだった、という事になります。
ただでさえ難しいズームレンズの設計なのに、
小型で、製造が容易で、かつ、ニコンの名を汚さない程度のクオリティで・・・
恐らく、開発陣は、他のどんな高級レンズの設計よりも、
ヨンサンハチロクの設計で苦労されただろうな、と思います。
結果として発売されたヨンサンハチロクの描写ですが、
購入した時、現代のデジタル一眼であるD80撮ってみた感想は、
「うん、間違いなく、これはAuto Nikkorの描写だな」
、という印象。
以前に購入した「Ai Nikkor 35mm F2S」は、
Auto Nikkor時代からの光学系を引き継ぐレンズでしたが、
「高解像度の割に当たりが柔らかくて、カリッとしたところがない」
という印象を受けました。
ヨンサンハチロクも、ファインダーを覗いてヘリコイドを回してみた感じは
「うーん、どこがピントの山だか、分からん」
という感じでしたが、フォーカスエイドを頼りに撮影してみると、
ちゃんとピントのあったところは、等解像度までしっかり結像しています。
もちろん、「中心部」だけ、ですけどね。周辺は、まぁ・・・(汗
ボケは、素直で意外に綺麗です。
ズームだと、二線ボケだの、グルグル回るだの、
ボケが汚くなる傾向にありますが、
このレンズ、構成枚数が少ないからなのか、
それほどボケがグチャッとなるような気配がありません。
そして、もう1つ。設計者の苦心の跡を見つけました。
それは、絞りです。
このレンズ、開放は「F3.5」となっています。
しかし、レンズの中をよく覗いてみると、
F3.5開放のはずなのに、絞りが少々「絞られて」います。
分解して玉をはずしてみると、
だいたい、1絞り分くらいは絞られていると思います。
一般的に、カメラのレンズは「1~2絞り程度絞る方が写りが良い」とされています。
逆に、開放だと、シャープネスが足りなかったり、周辺光量が不足したりします。
恐らくこのヨンサンハチロク、設計上はF2.8程度なんでしょう。
しかしそれだと、あまりにも描写が甘かったり、
(今でも叩かれるレベルなのに)著しい周辺光量不足が発生するから、
あらかじめ機械的に「最小絞りは、1絞り程度絞った状態」
で止まるように作ってあるのではないか、と想像されます。
機会があれば、更に別のジャンクのヨンサンハチロクを買ってきて、
絞りを撤去して「開放を解放」(?)した描写を拝見してみたいところです。
ヨンサンハチロクは、好きな人はとことん好きだけど、
キライな人はゼッタイに見向きもしないようなレンズです。
昨今の、あまたの収差を徹底的に補正された、
「優等生的」なレンズに比べれば、なんとも「前時代」的で、
使うに値しないようなダメレンズという印象を持つ方も多いことでしょう。
でも、この「43mmから86mm」という焦点距離が、
距離感の近い人物を撮影するのに、実は最も最適である、
という事に、撮影してみて気づきました。
「43mm」といえば、思い出すのはPENTAXの銘玉、
「SMC PENTAX-FA 43mm F1.9 Limited」です。
135mm判の「真の」標準レンズの画角は43mmである、
という思想に基づいて設計されたこのレンズは、
今でも、PENTAXを代表する単焦点レンズとして人気があります。
考えてみれば、ヨンサンハチロクのワイド端も、同じ43mmですから、
「真の意味での標準レンズ焦点から始まるズーム」とも言えます。
また、テレ端の86mmは、いわゆる「ポートレートレンズ」の焦点距離。
通常は43mmのままで撮影しつつ、
誰かをしっかり写したいと思えば、そこにズームアップすると、
自然とポートレートに最適な焦点距離に落ち着く。
しかも、開放はF3.5と割と明るいので、
背景をボカしての撮影もお手の物(しかも綺麗にボケる)
もちろん、その間の50mmや60mmなどの焦点距離でも撮影できる。
「中途半端な焦点距離のズームで、ズーム比も小さい」レンズですが、
実はきっちり、押さえるべきところは押さえたレンズでもあるのです。
人物を撮る機会が多いと、このレンズの有用性はすぐに理解できると思います。
もちろん、これはフィルムカメラに装着して撮影しないと、
その恩恵を受けることが出来ないのは当然の事です。
APS-Cなデジイチに装着すると60~120mm程度のズームレンズになり、
「標準レンズにはちとワイド端が長く、望遠と言うには120mm止まり」
などとろくな事になりません。
一方で、D700なんて高性能なカメラにあてがうと、
レンズ性能の悪いところばかりが目立つ事になり、目も当てられません。
やはり、ピントやラチチュードに寛大な「ネガ」を使うのが、
最も効果的かつその真価を発揮できるに相違ありません。
当然、F6なんて今風のカメラではなく、
オススメは、なんと言ってもNikomat。
ELはオートが使えて便利ですが、FT2なんかも丈夫で知られてますのでいい機体です。
背伸びするなら、FかF2止まりにしておきましょう。
きっと、写真は「記録」するものではなく「記憶を写し止める」ものだと、
改めて気づかされてくれるはずです。
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