日記・コラム・つぶやき

2022年8月 1日 (月)

大糸線廃線?問題、活性化へ向けての私見

220718_13a
※今回の写真は全て、
Olympus PEN EES-2
Fujicolor100
2022年7月18日
※デュープ機材
Fujifilm X-T10
Canon New FD50mm F3.5 Macro

金沢出張の帰路、
普段だと新幹線で一直線に帰京するところですが、
時間に余裕があったので、
糸魚川で455系・413系を少々撮影し(それはまた改めて)、
その後、大糸線で南小谷(みなみおたり)へ抜け、
東京までの最長の「あずさ」に乗り換えて帰京、というルートを選びました。
最近、「車に乗って撮影地に向かう」という、
鉄道会社の売上にまったく貢献しない鉄道ファンをしてましたので、
しばらくぶりのちゃんとした「乗り鉄」を堪能できました
(3時間超の「あずさ」はさすがに疲れましたが。苦笑)

さて、期せずして大糸線完乗を1日で達成する事と相成ったわけですが、
ここ最近、その大糸線の廃線を匂わせるようなニュースが聞こえてきております。

赤字ローカル線『大糸線の存続』に提言「糸魚川市には大変厳しい…」

JR東日本、大糸線南小谷駅まで営業係数8,358 - JR西日本区間上回る

大糸線は長野県の松本から、新潟県の糸魚川までを結んでいる路線ですが、
途中、南小谷を境として、南がJR東日本管轄の電化区間、
北がJR西日本管轄の非電化区間と分かれており、
相互直通列車もないので、実質的に別路線として運営されています。

今回はまず糸魚川駅から南小谷行きのキハ120形ディーゼルカー単コロに乗車。
「糸魚川静岡構造線」(糸静線)沿いの姫川に沿ってのんびりとした鈍行の旅でした。

終点の南小谷に到着すると、既に新宿行きのE353系「あずさ」が待機しており、
また長野行きの快速「リゾートビューふるさと」号のHB-E300系も停泊しておりました。
西日本の単コロのディーゼルカーを降りると新宿駅直通の9両編成の特急が待ち構えている、
という様子がなかなかエモく感じられました。

220718_17

ところで、糸魚川から乗ったディーゼルカー単コロは、
座席はほぼ埋まる程で割と盛況な印象でした
(座席定員は49名らしいので、約40名といったところでしょうか)。
その多くは、いかにも「登山客」です、という身なりの方ばかりで、
驚いた事に、発車待ちのウテシさんが、
そんな登山客の方に気易く声をかけて話しをされていました。
四国の田舎に育った人間ではありますが、
いくらローカル線でもウテシさんがお客さんに話しかける、
という様子は見たことがありません。
しかし、登山客の皆さんは特に驚く様子もなく、
いつもの事、という感じで和気藹々と話しをされていました。

その後、南小谷に向けて約1時間の運用ですが、
途中駅での乗り降りはほとんどなく、
ほぼ全ての方が終点の南小谷に向かっているんだろうな、と思われました。

220718_18a

正直、山登りの趣味は皆無なので、
こういった路線で山に向かう方の存在を全く知りませんでしたが、
南小谷駅には、逆にこれから列車に乗って帰ろうか、
という方も結構いらっしゃいました。
大糸線は登山客の皆さんには重要な路線なんだろうな、
と感じられました。

数十分の待ち時間で駅近辺をうろうろした後で、
今度は新宿行きの特急「あずさ46号」に乗車しました。
1日1往復の南小谷発着「あずさ」は、
南小谷を出るとすぐ白馬に到着。
その後いくつかの駅に停まる度にお客さんは増えていき、
松本に着く頃にはほぼ座席が埋まりました。
その後は立ち席自由席のお客様がドンドンと乗り込み、
車内販売が立ち往生?してるとアナウンスが入る程で、
信州方面から「あずさ」で帰京する人はこんなにいるんだなぁ、
と感心しました。(ちなみに「あずさ」も初乗車でした。
鉄ちゃんとしてはあるまじき…苦笑)

三連休最終日という特異日ではありましたが、
大糸線は割と盛況な路線だな、と感じたところへ、
冒頭の通り廃線の議論がなされている、と知りました。
なので、正直「なんで?」と感じました。
この路線のポテンシャルを生かせてないから儲かってないんじゃないか、
と感じたからです。

たった一度乗車しただけの大糸線ではありますが、
活性化させる方法を少しばかり考えてみました。
これで一気に売上倍増で赤字路線を脱却、
なんて虫の良い話しではありませんが、
一つのアイデアとして提案させて頂きたい次第です。

鍵となるのは糸魚川駅だと思います。
ここには北陸新幹線が停車します。
最速の「かがやき」は停車しませんが、
「はくたか」であっても東京駅から約2時間ほど。
弁当食べて軽く一眠りすると、もう間もなく糸魚川、
という程度の時間で辿り着く事が出来ます。

糸魚川からは、姫川沿いの素晴らしいロケーションを南下します。
この美しい景色をもっと生かす事もできると思います。

JR西日本と東日本の境目が南小谷駅である事もあり、
全ての列車は南小谷が終点です。
しかし、ここから少し南に足を伸ばすと、
別荘地や登山やスキーで有名(らしい。詳しくは知らない。笑)な白馬の駅です。

白馬から更に南下すると、
青木湖や木崎湖の湖畔を走ります。
ここがまた風光明媚な区間でした。
そうこうすると平地(盆地)に降りて、
大糸線の名前の由来である信濃大町駅に達します
(大町-糸魚川の路線なので大糸線)。

この、綺麗な景色を堪能でき、
登山やキャンプなどを楽しむ事ができるこの区間に、
観光急行的なものを走らせる事ができないでしょうか?

南小谷より北を走るので、当然ディーゼルカーになります。
今時のSDGsな時代なら、
最先端のハイブリッド気動車や蓄電池電車でもいいかもしれません。
糸魚川や南小谷以南は電化区間なので、
そこで充電する事ができるでしょう。
観光列車として魅力有る車両である必要がありますので、
デザインにも拘るべきです。
となると水戸岡さんでしょうか?九州の列車みたいになりそうですが(笑)

区間は糸魚川-大町間に限定します。
糸魚川までは新幹線で速達してくる事を前提として、
可能であれば乗り換えに適した「かがやき」を糸魚川停車とする。
間もなく金沢-敦賀が開通する事を念頭に置くと、
下りだけではなく上りの新幹線からの乗り換えも便利なダイヤである事が望ましいでしょう。
(そう、23年末になると、関西から糸魚川方面への移動も、
今よりぐっと短く、身近になる事を忘れてはいけません。)

観光急行とはいいつつ、
景色を堪能して欲しいので表定速度は30km/h程度のノロノロ運転で。
できれば窓はなくて開放にするか、
せめて大きなガラスで景色をたっぷり堪能できる方がいいでしょう。
両数は2両で充分でしょうが、
登山客が多い事を考えれば、
荷物置き場は潤沢に用意してある方が望ましいと思います。
弁当やお酒を売る売店か車内販売もある方がいいでしょう。
(ビールを飲みながら車窓を堪能するのは格別だそうです。
下戸なので気持ちは分かりませんが。笑)

南小谷まではノンストップで、
そこから南は、現在の「あずさ」は白馬を出ると信濃大町までノンストップですが、
観光急行であれば、途中駅の近くにキャンプ場などがあるようなら、
その駅にも停まるように設定する方がいいと思います。

登山客の多くは休日に山へ向かうのでしょうか?
でもリタイアされた方が平日に山登りに、
という事もあるかもしれませんし、
それなら平日も1往復程度は走らせてもいいかもしれません。
休日なら3往復くらいでしょうか?
夜に現地入りして民宿で泊まってから朝に登山へ、
という方もいらっしゃるでしょうから、
運行は朝・昼・晩と幅広い時間に運行する方がいいでしょう。

大糸線の北部は、日常の足である事はこの際あきらめ?て、
風光明媚な景色や、登山、スキーなどのお客様を楽しむための路線、
と割り切った運用をするべきでは、と考えます。

この計画で問題になると考えられる事は、
大糸線の南小谷以北は冬場豪雪地帯のため、
年によっては長期の運行停止に追い込まれる可能性がある事。
そして、最大の難関?はやはり、
JR東日本と西日本で運行会社が分かれている事です。
東日本としては、新宿からの「あずさ」の客を奪われる可能性あり、
こういう計画に積極的に乗ってくるとは思えません。
でも、北陸新幹線を運用している会社でもありますし、
これを気に「あずさ」の大糸線乗り入れをやめる事ができるなら、
逆に経費節減になって良いのでは?とも思えます。
(正直、3時間超の「あずさ」の旅は結構しんどかったので)

たった一度乗車したばかりの大糸線、
個人的にはとても魅力的な路線だと思いました。
こんな思いつきが実現するとも思えませんが、
「赤字なので廃止します」といった単純な話しで終わる事無く、
価値ある路線の魅力を未来に渡って継続して欲しい、と願うばかりです。

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2022年3月 7日 (月)

追悼・西村京太郎氏~「西日本鉄道殺人事件」を読む

作家の西村京太郎氏が91歳で亡くなった、との報道がありました。

物心つくかつかないかの小さい頃、「西村京太郎トラベルミステリー」
(まだ三橋達也が十津川警部を演じていた時代)を見て、
赤いDDやブルトレの姿に興奮していた事を覚えています。

訃報を聞いてすぐ、紀伊國屋に立ち寄ってみたところ、
新潮文庫の新刊コーナーに「西日本鉄道殺人事件」
が平積みされているのを見かけましたので買ってみました。
まだ本当に発売されたばかりのようです。
そして、オビには「91歳の老人が殺害された」との記載。
奇しくも西村京太郎氏は享年91歳で没したとの事。
更に、文章の書き始めは
「今回の旅が、最後の旅になるという予感を抱いていた。」
という因縁めいた一文で始まります。
実際には当作が絶筆というわけではないようですが、
その覚悟と決意を持って書き始めたであろう事かと推察するには充分です。

西鉄ライオンズ愛を娘に語る主人公の坂西勝利(かつとし)氏が、
西鉄の車内で何者かに殺害される事件が発生する。
突然日常を遮断されて戸惑う娘・弓子は福岡県警の藤田警部の質問に対し、
この後鹿児島に連れて行かれる事になっていたが、
その理由と目的は聞かされていないと語り、藤田警部は困惑する。
坂西家の会社と家が東京にあるので、
警視庁捜査一課・十津川班に捜査協力要請がなされ、家宅捜査を実施。
そこで十津川警部が、仏壇の奥に隠されていた古い1枚の写真を見つける。
写っていた若者の服装に見覚えがあった十津川警部は、
亀井刑事に頼んで太平洋戦争の記録写真集を取り寄せる。
すると、その服装は陸軍少年飛行兵のものと分かり、
更に鹿児島・知覧基地に配属されていた特攻兵である事を知る…。

十津川警部シリーズと言えば、
ダイヤ上のトリックを活用したアリバイ作りが定番ですが、
この「西日本鉄道殺人事件」では、
この後、本文の恐らく8割から9割を、
太平洋戦争時の特攻の話題が占めています。
本来、もう一人の主役とも言える亀井刑事はもちろん、
十津川班のメンバーもほとんど登場しません。
肝心の西鉄自体もほとんど登場しない程です。
十津川警部と藤田警部を中心に、
被害者と特攻との関係、そして特攻とはどんなものだったのか、
といった事が十津川警部の捜査や言動を通じて延々と語られていきます。
読みながら、これが十津川警部シリーズである事を忘れるくらいでした。

西村京太郎氏と言えば、ミステリー小説作家としてだけでなく、
戦争体験者として戦争反対の言葉を強く語っていた人物でもありました。

西村京太郎が陸軍エリート養成学校で見たカルト的精神主義「日本人は戦争に向いていない」

「西日本鉄道殺人事件」の文中、印象に残る一節がありました。
特攻に関して十津川警部が考えている文章の中で、

「今、立ち止まってきちんと総括しなければ、
日本はまた無意味に若者を殺すようになってしまうのではないか。」

十津川警部の心情で代弁をしつつ、これはひょっとしたら西村氏自身の言葉がにじみ出てきたのではないか、
と思われてなりません。

執筆時点でもう90歳近かったはずの西村氏の文章は実に明晰で、
この文章を原稿用紙に手書きで書いていた事が信じられません。
タイトルであるはずの西鉄自体もほとんど登場しないような、
異例な内容の話しでしたが、それだけに読み応えがあり、
考えさせられるものでした。
できれば、西村氏追悼として、
夏場恒例の戦争特集の一環としてドラマ化してくれないかな、
と考えたりもしました。

合掌。

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2021年4月12日 (月)

鉄道写真は「ありのまま」こそが美しい

「撮り鉄」の人気スポットで 私有地の木 何者かに切り倒される(NHK)

「撮り鉄」人気スポット 私有地の木切られる 警視庁が捜査(NHK)

鉄道撮影スポット近くで家の木を切り倒された女性「ショック」(日刊スポーツ)

またやらかしよったようです。
よりにもよって私有地に入り込んでの伐採行為、
不法侵入に器物破損ですから立派な犯罪です。
「撮り鉄がやったなんて証拠はないだろう」と反論する人がいたら、
じゃあ一体誰が何の目的で伐採したのか答えて頂きたいと思います。

しかし、先日は多摩川で敷地内に入り込んで往来を止めた輩がいる、
とニュースにもなっていましたが、
まさか185系「ごとき」でこんな大フィーバーになるとは予想もできない事でした。
しかも、脱法行為はエスカレートし続けている印象もあります。

ほとんどの撮り鉄は紳士的で控え目な人種です。
先日、しなの鉄道で桜を撮っていた時も、
お互いに挨拶を交わしたり、
近所の人が自転車で通りかかったら三脚を撤去して通すなど、
皆さん極めて常識的な行動をされていました。
むしろ、それが当たり前なのです。

地元の方々の日常に足を踏み入れて写真を「撮らせて頂いている」んですから、
迷惑をかけず、生活を乱さず、存在感を消すくらいに静かに密やかに。
それこそが鉄道撮影を趣味とする者たる当然の謙虚たる姿勢です。

そこに木があるなら、木も一緒に写し込めばいいんです。

Imgp8813_raw
PENTAX *ist Ds
SMC PENTAX 400mm F5.6
1/640秒 F5.6 (ISO400)
東急東横線 都立大学-自由が丘間
2007年6月30日

人がいるなら、一緒に写し込んでしまえばいいんです。
(もちろん、人じゃなくて白い鳥や黒い鳥でも大いに結構です。)

Img4210
PENTAX K-50
Tokina SD 80-200mm F2.8 AT-X828 (200mm)
1/1600秒 F2.8 (ISO100)
いすみ鉄道 上総東-西大原間
2020年8月1日

それでもやっぱり写って欲しくないなら、
Photoshopでチョイチョイやって
「ご退場遊ばして」(?)頂ければ良いだけの事です。

Img4319_retouch_20210412004501
PENTAX K-50
Tokina SD 80-200mm F2.8 AT-X828 (135mm)
1/1600秒 F2.8 (ISO100)
いすみ鉄道 新田野-国吉間
2020年8月1日

※約2名様、お消え遊ばして頂きました(笑)

撮影できる場所だって一箇所じゃありません。
探せばいくらでも見つかるはずです。

高尾駅西の「小名路踏切」というスポットは、
行った事がないのでネットで画像検索して調べてみましたが、
上り線を午前中に撮るならともかく、
下り線を午後に撮るには、
とても名所と言える程の見事な場所とも思えませんでした。
ここに、多い時は100名もの人が集まるそうですが、
それほど中央線沿線は撮影場所が皆無なのでしょうか?

木を切り倒した方には、
むしろ、線路脇の架線柱を切り倒した方が良かったんじゃないの?、
と勧めたくなります。
もちろん冗談ですが、ひょっとしたら「なるほど、確かに」
と実践に移そうとされるかもしれませんね。
それくらい常識的な判断能力が欠けた方の行為のようですから。
このブログを読んで実践しました、
なんて自供をされても責任は持てませんので悪しからず。

鉄道は、日常生活にあるからこそ美しい存在です。
人が住み、働き、学び、そして遊び。
そんな生活があるからこそ成り立つ存在です。

そこから何かを差し引いたところで、
何かプラスになる事はありません。
あるべき日常の一部が失われるわけですから、
むしろ風景としては傷が付いた事を理解しないといけません。

リアルに消し去るくらいなら、Photoshopで消せばよい話し。
それで写真が整うならそれで結構です。
しかも今はそれが簡単にできる時代なんですから。
どうせ一人で楽しむだけなんでしょうから、
それで大いに結構ではないでしょうか。

「撮り鉄マナー」をネタにするのは大分久しぶりですが、
今回はそれだけ頭にきてしまいました。

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2020年5月29日 (金)

ノベライズ「言の葉の庭」の、目に見えるような景色

180522_13
Canon P (Poupulaire)
LZOS Jupiter-12 35mm F2.8
Fotokemika efke KB25
2018年5月22日

「君の名は。」で新海誠の世界に一気に引きずり込まれてから、
過去の作品も一通り目を通してみた。
もちろん、一目見て全てに惚れ込んだ「君の名は。」も好きだし、
青春の甘酸っぱさや男の弱さをさらけ出す「秒速5センチメートル」も好きだけど、
今の所、新海誠作品で一番好きなのは「言の葉の庭」だと言っておきたい。
(本文改訂時点で既に「天気の子」も観たけど、
それでもやはり、「言の葉の庭」は新海誠作品で一番好きな映画だ。)

靴職人を目指す高校生タカオと、
同じ高校で古典の教師をしているものの、
心に傷を負い学校に行くことの出来ないユキノ。
雨降る日の公園の東屋でしか出会わない、
そんな二人の淡い恋の物語…

現実世界では許され無さそうな二人の関係も、
新海誠が描く、果たして現実なのか空想なのか、
分からなくなるような映像世界の中だと純粋で汚れ無いものに思え、
そしてなぜか自分自身の過去に戻ったような感覚さえ覚えるのが不思議でもある。
そんな経験はなかったはずだし、理想も持ち合わせてなかった…はず、なんだけど。

映画は僅か45分ほどの短編だけど、新海誠本人のノベライズ版は、
映画ではワンカットしか出てこないような端役のキャラも含めて詳細に語られていて、
タカオとユキノの世界で起きている出来事を事細かく描写している。
アニメを観てからノベライズを読むと世界が広がるし、
ノベライズを読んでからアニメを観ると、
アニメにはなっていない部分も脳内で勝手にアニメ化されて再生される。
「言の葉の庭」を少しでも好きになった人は、
ノベライズ版にも目を通しておく方が絶対にいい。

例えば、映画では一切触れられていない中学生時代のタカオの回想シーンも、
小説版では細かく描写されている。
特に印象的なのは序盤、年上の女友達だったミホと二人で明治神宮へ行く場面、
代々木のドコモビルが見える、と書かれている一文がある。

これを読んだ時、まさに頭の中には、この写真の光景が蘇ってきた。
あぁ、あの場所でタカオとミホは…と。
アニメの中で現実世界との境目を曖昧にする新海誠だけど、
まさか文字だけのノベライズでも、
まるで目の前に本当の景色が見えているか、あるいはアニメを観ているのか、
と勘違いを起こしそうな程、はっきりとした情景を描く事に成功している。

都会の喧噪を離れ、木々に囲まれ鳥のさえずりの中で時が止まったような明治神宮…の彼方に、
実に異質にそびえ立つドコモの電波塔。
ここは、参道から本殿に辿り着き、その抜けた先という立地。
現実を忘れて全てが浄化されたような気持ちでこの場所に辿り着いた時、
ふいにあのビルが姿を現すと、
強制的に現実世界に引き戻されてしまうような戸惑いを覚える。

現実と非現実が混ざり合わずに存在しているこの場所は、
リアルとアニメの境目を飛び越えていくような錯覚を覚える新海誠作品の、
特徴そのものが具現化された場所であるように思えなくも無い。

そして、現実の東京の(しかも新宿近辺の)景色をうまく作品に盛り込む新海誠の、
映画にはなってない、だけど非常に印象に残るそんな一コマ。
頭の中ではかなり明確に描写されたワンシーンを、
レンズ越しに写真にしたくなり、この場所までやってきたのでした。

※2年前、facebookに投稿していた記事を加筆修正し、転載しました。

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2020年5月27日 (水)

「氷の世界」と「秒速5センチメートル」

180522_11
Canon P (Poupulaire)
LZOS Jupiter-12 35mm F2.8
Fotokemika efke KB25
小田急 参宮橋-代々木八幡間
2018年5月22日

新海誠の初期の名作「秒速5センチメートル」の物語は、
小田急参宮橋駅近くの踏切で始まり、17年後の同じ踏切で終わる。

「秒速」の世界では、この踏切の元に立派な桜の木があって、
「花びらの落ちる速度は秒速5センチメートル」と、
まだ小学生だったアカリがタカキに教える。
17年後、タカキは同じ踏切でアカリ(と思われる女性)とすれ違い、振り返る。
だけど、通り過ぎた電車の向こうに、人影はない。

アニメを観て、そしてノベライズも読み通した後、
ひょっとして「秒速5センチメートル」という表題には、
「サクラ、チル」の意味にも掛けられていたんだろうか、と想像された。
だとしたら、物語の始まりから結末は暗示されていたのかもしれない。

ところで、踏切と通り過ぎる電車、そして恋人、というシチュエーションから、
自然と、井上陽水のアルバム「氷の世界」の事が思い出された。

1曲目「あかずの踏切」では恋人に会いたいのに踏切があかず、
じらされ、早く早くと前のめりな気持ちが溢れ出ているようなのに、
6曲目の「白い一日」(作詞は小椋桂)では対照的に、
遮断機があがって振り向いた君はもうオトナの顔をしている、
と悲しげで悲壮感を漂わせて歌う。
まるで、第1話(中1)のタカキと、第3話(オトナ)のタカキを見比べるかのようだ。

そして、3曲目の「帰れない二人」(忌野清志郎との合作)では、
街は眠りにつき、星も帰ろうとしているのに、
手と手のぬくもりで互いの気持ちを感じる二人が歌われている。
これも、雪で帰れなくなったタカキとアカリが、
雪明かりに浮かぶサクラの木の下で口づけを交わし、
互いのぬくもりで一晩を共にするシーンが不思議とオーバーラップする。

作られた時代もストーリー性も全く異なる「秒速」と「氷の世界」。
きっと、新海監督は「氷の世界」から微塵もインスピレーションを受けてないだろう、
と想像されるけど、おかしなもので、
「氷の世界」の歌詞カードを読みながら「秒速」の事を考えると、
いろいろな場面が脳内で勝手にシンクロし、思いがけず世界が広がっていくのが面白い。

アニメを観てノベライズを読んだら、
居ても立っても居られなくなり、カメラを持ってあの踏切に行ってみた。
とても新海誠の色彩感を再現する事は出来ないだろうからと思い、
白黒フィルムをカメラに詰めた。失われた色彩は脳内で蘇らせる事にして。

目の前の電車が通り過ぎた時、
遮断機の向こうにあの人が立っているんじゃなかろうか…、
そんなセンチメンタルな感情を抱くことを少なからず期待していたけれど、
いざ現場に立ってみるとそんな事を考える隙もなく、
ただ「ちゃんと頭がフレームに入るように」と、
レリーズを切る瞬間の指先にしか神経を集中する事が出来なかった。

得てして、写真を撮るとはそういう事だったりする。

※2年前、facebookに投稿していた記事を加筆修正し、転載しました。

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2015年8月20日 (木)

烏山線へ~プロローグ

久しぶりにお盆にまとまった休みが取れたから、
という事で、兄が撮影で上京しておりました。
目的は、烏山線のキハ。

その初日、出迎えと撮影を兼ね?て、
新車(中古車だけど。笑)のHG21S「セルボ」に乗り、
あえて帰省ラッシュの東北道をひた走り、宇都宮方面へ。
先日、檜原村へドライブしたところでしたが、
早速、100kmを超えるロングドライブとなりました。

Img0268

烏山線沿線は、田園と山並み、トウモロコシ?か何かの巨大な植物など、
緑の多い地域なので、金色の車の何と似合わない事!
・・・と思いましたが、雨模様でしっとりしていたせいもあってか?、
写真に撮ってみると、意外と風景に収まってくれました。

Img0309

ひとしきり撮影をした後、帰りがけには、
鬼怒川河川敷におり、東北線を撮影し・・・、と思ったら、
一天にわかにかき曇り、ピカッ、・・・(約5秒)、ドッカ~~ン!、
の雷撃が襲来。そういえば、北関東は雷のメッカでした。
て事で、国道の橋の下に隠れて、雨宿りついでのツーショット。

Img0328

烏山線の本編は、また次回!

PENTAX K-50
SMC PENTAX-DA 21mm F3.2 AL Limited
SMC PENTAX-F Zoom 70-210mm F4.5-5.6
2015年8月14日

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2015年8月 9日 (日)

HG21Sで檜原村へ

家族が義父母と一緒に泊まりで出かけたので、
折角買ったばかりの新車(いや、中古車だけど。笑)、
習熟兼ねてドライブに行ってみました。

本当は、ディーラーに持ち込んで、
エンジン見てもらおうかな、と思ってました。
あまりに燃費悪いし、ターボの効き方が、
スズキ「Mターボ」の効き方(として聞いているもの)
とはだいぶ違う気がしたので、
診てもらおうかな、と思ってでした。

で、家を出て、今日はそんなに暑くないからエアコンをOFFで、
と思って走り始めると・・・、
おやおや?、何だか普通に走るじゃないの。
ガスもそんなに食ってない感じ・・・。

しまった、エアコンのせいだったかorz

ディーラーにスイマセンの電話を入れて、
今日は完全にドライブデーとなりました。

そういや、軽でエアコン付けると、
だいぶパワーが落ちるんだったなぁ・・・、
と、E-PP1ビートの元オーナーとして思い出しました。
いや、言い訳すると、あまりエアコン使わなかったので、
ビートに乗ってる時・・・(汗)

ドライブの先は、東京の最西部、檜原村(ひのはらむら)です。

特に目的があったわけではありません。
多少山道を走ってみたいな、と思ったのと、
車を止めて写真を撮る場所があれば、という理由でした。
案外ないんですよね、東京だと、自由に車を止めて、
じっくり車の写真を撮れる場所って。
(徳島では、吉野川河川敷がお気に入りポイントでしたが)

武蔵五日市の駅から西の方にバーッと走り、
檜原村から上野原に向かう都道33号線(檜原街道)を走り、
ふと空き地を見つけたのでサッと止めて撮影会?です。

Img0254_raw

Img0247_raw

そういや、ビートもスイフトも、
ちゃんと「ポートレート」撮りたいと思いつつ、
場所がなくて諦めた経緯があります。
もっと早く気づいたら良かったですねぇ・・・。

にしても、HG21Sセルボ、美しいデザインですね。
色も、金色と言いつつもイヤミがない(私見です)。
そこそこ目立つけど、「成金」って感じがしない?と思ってるんですが、
どうなんでしょうかね。

Img0261_raw

デザイン上のポイントは、このアークラインですかね。
写真では切れてますが、そのままリアハッチの窓まで、
ずっと繋がって、車をグルッと一周しています。
スズキのデザイナーの魂が伝わってきます。

でも、売れなかったんですよねぇ・・・(泣)

さて、走りですが、南秋川沿いの(やや)クネクネ道を、
上下のアップダウン、左右に振りながら走ってみました。

足は固い、と聞いてましたが、本当に丈夫な足です。

直線からカーブに入るとき、どうしても、
ブレーキを踏んで少し速度を落として、
横Gを抑えるように走るものですが
(少なくとも、これまで乗ってたどの車も、
そのままカーブに突撃するのはちょっと怖かったです)、
セルボだと、全く車が動揺せず、
スーッと入っていき、流される事がありません。
運転してても、おっかなびっくり、な気分になる事無く、
安心して飛び込んでいけました。

これは楽しい!

エンジンやタービンの不安が払拭され、
エアコンを切って、窓全開で山の風を浴びながら、
檜原の道をかっ飛ばして(※法定速度ギリギリで。笑)いくのは、
非常に爽快で気持ちの良いものでした!

ただ、やはり「東京都」ですから、
車やバイクなど、どんどん走ってくるので、
安全運転を心がけないと、ちょっと怖いです。
何が怖いって、スポーツタイプの自転車!
車と同じ速度で、坂道をビャ~~!、ってかっ飛ばしてきます。
山道に限りませんが、こういう自転車に乗ってる人って、
自分が車かバイクになった気持ちでいるんでしょうが、
車の立場から見たら危険以外の何物でもありません。
正直、いい気で車道の真ん中を走るのはやめて欲しいです。
あ、話がそれました。

檜原村、鉄道がないのが淋しいところですが、
走るには楽しいところのようで、また機会あればドライブに来たいと思います。

今回、33号線は、写真を撮った場所から後戻りしましたが、
少し走ると上野原に抜けるようですから、
今度は、そちら回りで山梨の方にも足を伸ばしてみようかな?、
と思っております。

※写真は全て、
PENTAX K-50
SMC PENTAX-DA 21mm F3.2 AL Limited
2015年8月9日

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2015年8月 7日 (金)

ZC11S→HG21Sへ

Dsc0269

2009年に、ホンダのE-PP1「ビート」から乗り換えたZC11S「スイフト」。

3度目の車検は通さず、丸6年目にして、同じくスズキのHG21S「セルボ」に乗り換えました。

そもそも、10年乗る、という事で購入したスイフトちゃん。

車歴9年という事で、
「もし、買値が付くとしたら、今が最後のチャンスだろう」と思い、
まずはどの程度の買値になるか調べてみようか、
と思い始めたのが間違い?の始まり。

最初、6年前にスイフトを購入した「カーチス」に相談しようと、
横浜の店まで足を伸ばし、査定をしてもらうと、
「売ると誓約しないと、買値は教えない」などと言うので、
カッチーンと来て速攻で店を出ました。
後から、留守電に「20万です」と吹き込みがありましたが、
結局、最後までカーチスからの電話には一度も出ず。
話しをするのも腹立たしいので。

でも結局、振り返ってみると、その「20万」という数字に踊らされてたかなぁ、
という印象も、なきにしもあらずで。

さて、乗り換えるとしたら何に乗り換えるか、といろいろ模索。
長く乗るなら高くても新車か?と思い、
スズキの「ハスラー」で気持ちは固まりつつあったんですが、
結構な金額の長期ローンを組めるほど生活は安定していないし。

やっぱ中古車か?でも、いいのあるかなぁ。
どうせなら、自動車税など維持費の安い軽自動車にしたいけど、
軽で乗りたいとなると、ホンダのエヌコロ(N-ONE)?と思って調べても、
まだまだ新しい車なので、中古もそれほど安くない。

ダイハツに「ソニカ」なんて車あったっけ。へぇ、と思いつつ、
でも正直ダサイなぁこれ、と食指が動かず。

軽で、そんなに「良い!」ってのはないよねぇ、S660を除いて(苦笑)、
などと考えながらあれこれ見てると、ふと目に止まったのが「セルボ」。

え、セルボ?セルボって、あのセルボ??

そう、「5代目セルボ」の存在を知らなかったのでした(笑)

丁度、今まで乗っていた「スイフト」と同時期の車、って事になります。
スズキが、それなりに気合いを入れて作ったのに、
もはや軽は「ボックス型」じゃないと売れない時代で、
ダイハツの「ソニカ」共々、全く売れずに姿を消した、
という悲運の車だったようです。

でも、このスタイリッシュな容姿、これはたまらない!、とヒトメボレし、
いつしか、「乗り換えるか否か」という問答は忘れて、
「いかに安くて、良いセルボを買うか」という思考に一本化してしまいました。

「今日決めないと後が無い」という日に、ディーラー系の中古車屋に見に行き、
スイフトの査定をしてもらうと「2万円」という非常な通知。
そこで「じゃあ、やっぱやめた」と判段できる状態ではありませんでした。
だって、目の前に「セルボ」があるのに・・・。

結局、短期のローンを組んでまで、セルボにチェンジする事に決めました。

後悔はしてません。「やっちまった」感はありますけど(苦笑)

6年乗った「スイフト」ちゃん、正直、最後まで「愛車」の感覚がありませんでした。

ずっとホンダのMT車を操ってきた人間には、
リニアに反応しないエンジン、意のままに操作できないトランスミッションの車は、
「手」や「足」と一体化する感覚を覚える事が出来ませんでした。
変な話し、スイフト運転してると、1時間もすると眠くなるんです。
左手も左足も、何も用が無いので、脳が「つまらん」と言い始めるもので。

まだ買って数日の「セルボ」号も、正直、アクセルワークは「リニア」じゃありません。
踏んでも踏んでも前に行かない。
おいおい、これってターボモデルでしょ、とツッコミたくなります。
しかも燃費悪い。軽で燃費悪いって、結構致命的です。
どうも、8~9kmしか走らない模様。をいをい。

でもまぁ、スイフトよりも「ワクワク」した気持ちでステアリング握れます。
それだけでも充分。
ビートほどじゃないけど、それなりに気持ち良いドライビングできそうです。

「S660」までは、これで頑張ります(笑)

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2011年9月22日 (木)

小田急「ドラえもん電車」打ち切りに物申す

「特別電車「小田急F-Train」の車体ラッピングの終了について」(小田急・PDF)

何とも信じられないニュースです。
8月に走り出したばかりの、「ドラえもん電車」、ことF-Trainが、
9月末日で突然の運転中止。

プレスリリースによると、理由は2点あげられています。

1.許可申請を実施しなかったこと:東京都屋外広告物条例第23条
2.広告物の面積が基準(車体1面の10分の1以下)を超えていたこと
 東京都屋外広告物条例施行規則第19条

※参考
東京都屋外広告物条例
東京都屋外広告物条例・施行規則

1.については、小田急法務部の失態と言えるでしょう。
(小田急規模の会社に法務部が無いって事はないでしょう。
大変な裁判も抱えていた事ですし。)
過去、広告電車を走らせた事があったのか無かったのか、
定かではないですが、そういう条例が存在する事は、
やはり知っておくべき事でした。

ただ、2.に関しては疑問は残ります。
特に気になったのは、2年前に走っていた、
山手線のチョコレート電車の事です。

当時の『鉄道ファン』のニュース記事
Google画像検索の検索結果

全身を茶色に塗った(正確には「貼った」かもですが、細かいことは置いといて)電車は、
まごう事なき「編成まるまる明治チョコレートの宣伝電車」だったではないか、
と思うわけです。

でも、そう思うのは、この電車を「生」で見たことがあるからです。

この電車が走り出した時、あちこちのニュースサイトで取り上げられましたが、
どの記事にも、明治チョコ云々は載ってませんでした。

あくまで「山手線開通100周年記念」「懐かしい茶色の電車復刻」
としか書いてありませんでしたし、
また、「側面」をはっきり写した写真も出てませんでした。

そのニュースを一通り目にしていたので、
実際、生で走っている姿を見た時は
「うへ~、なんじゃこりゃ~~」と驚いたのを覚えています。

なんせ、「復刻」を謳っている割に、色は濃茶なので「ぶどう色2号」ではない。
そして、あちこちに書いてある「明治チョコレート」の文字やロゴ。

どこをどうみても、これは「宣伝電車」だな、と思いました。

ニュースで流れている「100周年」の話しと、
実際生で見た「チョコレート電車」の相違に、
何か歯に物が挟まったような矛盾を覚えたものです。

でも、今回の一件で、なるほど、と合点がいきました。

茶色いのは、あくまで「100周年」のための特別なカラーリングであり、
そこに「明治チョコレート」の文字やロゴがある事(すなわち「宣伝」)とは、
相関関係はない、という言い逃れだったのでしょう。

実際、あれだけ「100周年」という部分だけが報道されれば、
茶色い理由は「復刻」である、という既成事実が出来るので、
実物を見てなければ、そういうものなんだ、と自然に思う事でしょう。

でも、ホンモノをみれば、あれが「ぶどう色2号」ではない事※、
そして、あれは「明治チョコレートを宣伝するための茶色」
である事は、一目瞭然であった事と思います。

※ぶどう色2号云々は、分かる人にしか分からない話ですが。

マスメディアまで巻き込んでの「条例逃れ」とは、
JR東日本(ないし、裏で動いている広告代理店)のやる事はずるがしこすぎます。

※しかし、「施行規則第19条」自体が、
チョコレート電車以後に取り決められたもの、
という可能性もあります。そこまで調べがつきませんでした。

ところで、この「ドラえもん電車」、
まぁ確かに「宣伝」のための電車ではありました。
一応、先ほどの小田急のプレスには
「広告には該当しないものと認識」とありましたが、
時期的な事を考えれば、先日オープンした
川崎市 藤子・F・不二雄ミュージアム」宣伝のためだろう、
と自然に感じる事だと思います。

でも、この電車に既に3,4回ほど遭遇した者の目には、
それ以上に「夢を運ぶ電車」だな、という印象を強く持ちました。

F-Trainがホームに滑り込んでくると、
ホームにいる人達の目がキラキラと輝き始め、
やおらケータイなどを取りだし、パシパシ写真を撮っていました。

きっとその後は、その画像を友達にメールしたり、
ブログやTwitterにアップしたりと、
それぞれに、その喜びを発散していた事だと思います。

東京に10年近くいますが、
これだけ人々の注目を浴びる「通勤電車」は見たことがありません。

それを、「条例違反」という、しかも、別に人を殺したとか、
税金をちょろまかしたとか、そんな重篤な犯罪・脱法行為をしたわけでもないのに、
いきなり手打ちで中止に、というのは対応が厳しすぎると感じます。

ただでさえ、人々が夢や希望を失い、
自分以外の他人を信用する事ができない世の中になりつつある、
殺伐とした2011年だからこそ、こういう電車を走らせる事には、
宣伝を超えた意味があると思います。

小田急の落ち度と、現実として条例に引っかかっていた厳然たる事実はありますが、
単に「もう運転やめます」ではない、新しい「夢」を用意してもらえないか、
と強く願います。

Imgp5699
PENTAX K-7
SIGMA 12-24mm F4.5-5.6 EX DG ASPHERICAL (12mm)
1/30秒 F4.5 (ISO800)
小田急 新宿駅
2011年8月24日

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2011年3月26日 (土)

震災2週間

あの日から、「もう」2週間が経ちました。

「まだ」2週間しか経ってない、とも感じています。

とうとう、犠牲者の数が万の位に乗ってしまいました。

改めて、亡くなられた方にお悔やみ申し上げると共に、
避難生活を余儀なくされている方々にも、御見舞申し上げます。

阪神淡路大震災の時、
犠牲者の数が千人単位になった事自体が信じられませんでした。

当時まだ17歳でしたから、
自然災害でそんなに多くの方が亡くなる事なんて、
もう20世紀も終わろうか、という時代にあるわけがない、
と思い込んでいたのです。

そして、21世紀になりました。

33歳にもなった今をもってしても、
自然災害で万単位の方が鬼籍に入られる事なんてなかろう、
と思っていた事が、実際、この日本で起こってしまいました。

阪神淡路の時、日本の危機管理・有事への対応が、
実質的に「存在しない」状態だった事が露呈され、
その後、国も地方自治体も、その教訓を踏まえて、
いろいろ準備し、備えるようになったかと思います。

自治体に関しては、その教訓が、少なからず生かされ始めているようです。

それに比べて政府の方は・・・。

何かあっても何も出来ない事は、地震前から分かっていた事ですが、
救いようがないのは、出来る、と思い込んでいる事かもしれません。
素直に「私にはこの災難は乗り越えられません」と言ってくれれば良いのに。
残念ながら、恐らく国会の中でも、
一番「そういう事」を言わない人がトップにいるわけですから、
これから先の復興がちゃんと出来るのか、
そろそろ何とかしなきゃいかんのじゃないの、と思っております。

この2週間、東北地方の惨状はテレビで見ておりましたが、
実際自分がいる東京の混乱振りも、目を覆わんばかりです。

ガソリン、パン、牛乳などで始まった買い占めは、
今では水に移行をしております。
次はなんでしょう、西へ逃げる電車の切符を買い占めるのかな・・・?

地震後の東京での混乱振りを見ていると、
思い出すのは、押井守監督の映画「パトレイバー2 the Movie」です。

ベイブリッジの破壊にはじまり、
自衛隊と警察との確執により東京は戒厳状態となり、
最後には「戦争状態」にまでなっていく。
でも、それはちょっとした情報操作によって「心理」的に形成されていく。

今の東京を見ていると、それを同じような事が、
リアルで展開されているような錯覚を覚えるのです。

買い占めでスーパーから食品が消えた、
人々が大挙して買い占めに走っている、
みんな買い占めはやめよう!、と叫ばれ続けています。

でも、もう、パンも牛乳も、店頭に並び始めています。
ガスだけは、まだ入手し辛いようですが、
これは「買い占め」とはちょっと違う気もします。

そもそも、被災地への支援物資として、
パンは大量に送られているはずですから、
そもそも、供給自体がいつもより少なくなっているのも事実。
また、被災によって生産量が落ちている事も確か。

本当は、買い占めした人って、ごくごく一部だったんじゃないか?、
という気がするのです。
それが、「買い占めはやめよう!」キャンペーンによって、
買い占めの悪党がたくさんいるような気になってくる。
いや、本当にいたんだと思いますが(実際、目の当たりにもしてます)、
少々誇張され過ぎていたような気がするのです。

毎日テレビで流れてくる「シーベルト」「ベクレル」の数値。

大変、マイクロがミリになった!東京でも観測された!水道でも出た!、
と報道される度、スーツケースを持って東京駅へ向かう人が増え、
ペットボトルの水がスーパーから消えていきます。

でも、どれだけの人が、その放射線の危険性や、
それによる悪影響などを熟知しているか?

僕は知りません。

何が起こるか分からないのに、怖くなって、行動してしまう。

分からないから行動するんだ、というのも確かですし、間違った事でもありませんが、
どうも、ひたすら流れてくるいろんな数字を見せられて、
正常な判段や思考が出来なくなっているような気もするのです。

そしてついに、先日は、原発のがれきを除去するため、
戦車を投入、というニュースが流れ、
都内を運ばれていく戦車の姿をテレビで見ました。
こうなると、本当に「パトレイバー2」の場面そのもの・・・

地震の被害、原発の恐怖とは別の部分で、
あのアニメの世界が現実にあり得るのだな、という、
違う意味での恐怖を感じているところです。

さて、次回からは、このブログも、平常運転に戻そうかな、
と思っています。

犠牲者の皆さまの事を思うと心苦しいのは確かなのですが、
いつまでも、喪に服してばかりではいけない、とも感じています。

不謹慎にはならないように心がけますが、
また、カメラや電車の事を書いていこうかな、と思っておりますので、
どうぞお許しください。

改めて、被災地の皆さまが、一刻も早く、
「当たり前の日常」を取り戻していただける事を、
衷心より祈念申し上げております。

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