日記・コラム・つぶやき

2015年8月20日 (木)

烏山線へ~プロローグ

久しぶりにお盆にまとまった休みが取れたから、
という事で、兄が撮影で上京しておりました。
目的は、烏山線のキハ。

その初日、出迎えと撮影を兼ね?て、
新車(中古車だけど。笑)のHG21S「セルボ」に乗り、
あえて帰省ラッシュの東北道をひた走り、宇都宮方面へ。
先日、檜原村へドライブしたところでしたが、
早速、100kmを超えるロングドライブとなりました。

Img0268

烏山線沿線は、田園と山並み、トウモロコシ?か何かの巨大な植物など、
緑の多い地域なので、金色の車の何と似合わない事!
・・・と思いましたが、雨模様でしっとりしていたせいもあってか?、
写真に撮ってみると、意外と風景に収まってくれました。

Img0309

ひとしきり撮影をした後、帰りがけには、
鬼怒川河川敷におり、東北線を撮影し・・・、と思ったら、
一天にわかにかき曇り、ピカッ、・・・(約5秒)、ドッカ~~ン!、
の雷撃が襲来。そういえば、北関東は雷のメッカでした。
て事で、国道の橋の下に隠れて、雨宿りついでのツーショット。

Img0328

烏山線の本編は、また次回!

PENTAX K-50
SMC PENTAX-DA 21mm F3.2 AL Limited
SMC PENTAX-F Zoom 70-210mm F4.5-5.6
2015年8月14日

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2015年8月 9日 (日)

HG21Sで檜原村へ

家族が義父母と一緒に泊まりで出かけたので、
折角買ったばかりの新車(いや、中古車だけど。笑)、
習熟兼ねてドライブに行ってみました。

本当は、ディーラーに持ち込んで、
エンジン見てもらおうかな、と思ってました。
あまりに燃費悪いし、ターボの効き方が、
スズキ「Mターボ」の効き方(として聞いているもの)
とはだいぶ違う気がしたので、
診てもらおうかな、と思ってでした。

で、家を出て、今日はそんなに暑くないからエアコンをOFFで、
と思って走り始めると・・・、
おやおや?、何だか普通に走るじゃないの。
ガスもそんなに食ってない感じ・・・。

しまった、エアコンのせいだったかorz

ディーラーにスイマセンの電話を入れて、
今日は完全にドライブデーとなりました。

そういや、軽でエアコン付けると、
だいぶパワーが落ちるんだったなぁ・・・、
と、E-PP1ビートの元オーナーとして思い出しました。
いや、言い訳すると、あまりエアコン使わなかったので、
ビートに乗ってる時・・・(汗)

ドライブの先は、東京の最西部、檜原村(ひのはらむら)です。

特に目的があったわけではありません。
多少山道を走ってみたいな、と思ったのと、
車を止めて写真を撮る場所があれば、という理由でした。
案外ないんですよね、東京だと、自由に車を止めて、
じっくり車の写真を撮れる場所って。
(徳島では、吉野川河川敷がお気に入りポイントでしたが)

武蔵五日市の駅から西の方にバーッと走り、
檜原村から上野原に向かう都道33号線(檜原街道)を走り、
ふと空き地を見つけたのでサッと止めて撮影会?です。

Img0254_raw

Img0247_raw

そういや、ビートもスイフトも、
ちゃんと「ポートレート」撮りたいと思いつつ、
場所がなくて諦めた経緯があります。
もっと早く気づいたら良かったですねぇ・・・。

にしても、HG21Sセルボ、美しいデザインですね。
色も、金色と言いつつもイヤミがない(私見です)。
そこそこ目立つけど、「成金」って感じがしない?と思ってるんですが、
どうなんでしょうかね。

Img0261_raw

デザイン上のポイントは、このアークラインですかね。
写真では切れてますが、そのままリアハッチの窓まで、
ずっと繋がって、車をグルッと一周しています。
スズキのデザイナーの魂が伝わってきます。

でも、売れなかったんですよねぇ・・・(泣)

さて、走りですが、南秋川沿いの(やや)クネクネ道を、
上下のアップダウン、左右に振りながら走ってみました。

足は固い、と聞いてましたが、本当に丈夫な足です。

直線からカーブに入るとき、どうしても、
ブレーキを踏んで少し速度を落として、
横Gを抑えるように走るものですが
(少なくとも、これまで乗ってたどの車も、
そのままカーブに突撃するのはちょっと怖かったです)、
セルボだと、全く車が動揺せず、
スーッと入っていき、流される事がありません。
運転してても、おっかなびっくり、な気分になる事無く、
安心して飛び込んでいけました。

これは楽しい!

エンジンやタービンの不安が払拭され、
エアコンを切って、窓全開で山の風を浴びながら、
檜原の道をかっ飛ばして(※法定速度ギリギリで。笑)いくのは、
非常に爽快で気持ちの良いものでした!

ただ、やはり「東京都」ですから、
車やバイクなど、どんどん走ってくるので、
安全運転を心がけないと、ちょっと怖いです。
何が怖いって、スポーツタイプの自転車!
車と同じ速度で、坂道をビャ~~!、ってかっ飛ばしてきます。
山道に限りませんが、こういう自転車に乗ってる人って、
自分が車かバイクになった気持ちでいるんでしょうが、
車の立場から見たら危険以外の何物でもありません。
正直、いい気で車道の真ん中を走るのはやめて欲しいです。
あ、話がそれました。

檜原村、鉄道がないのが淋しいところですが、
走るには楽しいところのようで、また機会あればドライブに来たいと思います。

今回、33号線は、写真を撮った場所から後戻りしましたが、
少し走ると上野原に抜けるようですから、
今度は、そちら回りで山梨の方にも足を伸ばしてみようかな?、
と思っております。

※写真は全て、
PENTAX K-50
SMC PENTAX-DA 21mm F3.2 AL Limited
2015年8月9日

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2015年8月 7日 (金)

ZC11S→HG21Sへ

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2009年に、ホンダのE-PP1「ビート」から乗り換えたZC11S「スイフト」。

3度目の車検は通さず、丸6年目にして、同じくスズキのHG21S「セルボ」に乗り換えました。

そもそも、10年乗る、という事で購入したスイフトちゃん。

車歴9年という事で、
「もし、買値が付くとしたら、今が最後のチャンスだろう」と思い、
まずはどの程度の買値になるか調べてみようか、
と思い始めたのが間違い?の始まり。

最初、6年前にスイフトを購入した「カーチス」に相談しようと、
横浜の店まで足を伸ばし、査定をしてもらうと、
「売ると誓約しないと、買値は教えない」などと言うので、
カッチーンと来て速攻で店を出ました。
後から、留守電に「20万です」と吹き込みがありましたが、
結局、最後までカーチスからの電話には一度も出ず。
話しをするのも腹立たしいので。

でも結局、振り返ってみると、その「20万」という数字に踊らされてたかなぁ、
という印象も、なきにしもあらずで。

さて、乗り換えるとしたら何に乗り換えるか、といろいろ模索。
長く乗るなら高くても新車か?と思い、
スズキの「ハスラー」で気持ちは固まりつつあったんですが、
結構な金額の長期ローンを組めるほど生活は安定していないし。

やっぱ中古車か?でも、いいのあるかなぁ。
どうせなら、自動車税など維持費の安い軽自動車にしたいけど、
軽で乗りたいとなると、ホンダのエヌコロ(N-ONE)?と思って調べても、
まだまだ新しい車なので、中古もそれほど安くない。

ダイハツに「ソニカ」なんて車あったっけ。へぇ、と思いつつ、
でも正直ダサイなぁこれ、と食指が動かず。

軽で、そんなに「良い!」ってのはないよねぇ、S660を除いて(苦笑)、
などと考えながらあれこれ見てると、ふと目に止まったのが「セルボ」。

え、セルボ?セルボって、あのセルボ??

そう、「5代目セルボ」の存在を知らなかったのでした(笑)

丁度、今まで乗っていた「スイフト」と同時期の車、って事になります。
スズキが、それなりに気合いを入れて作ったのに、
もはや軽は「ボックス型」じゃないと売れない時代で、
ダイハツの「ソニカ」共々、全く売れずに姿を消した、
という悲運の車だったようです。

でも、このスタイリッシュな容姿、これはたまらない!、とヒトメボレし、
いつしか、「乗り換えるか否か」という問答は忘れて、
「いかに安くて、良いセルボを買うか」という思考に一本化してしまいました。

「今日決めないと後が無い」という日に、ディーラー系の中古車屋に見に行き、
スイフトの査定をしてもらうと「2万円」という非常な通知。
そこで「じゃあ、やっぱやめた」と判段できる状態ではありませんでした。
だって、目の前に「セルボ」があるのに・・・。

結局、短期のローンを組んでまで、セルボにチェンジする事に決めました。

後悔はしてません。「やっちまった」感はありますけど(苦笑)

6年乗った「スイフト」ちゃん、正直、最後まで「愛車」の感覚がありませんでした。

ずっとホンダのMT車を操ってきた人間には、
リニアに反応しないエンジン、意のままに操作できないトランスミッションの車は、
「手」や「足」と一体化する感覚を覚える事が出来ませんでした。
変な話し、スイフト運転してると、1時間もすると眠くなるんです。
左手も左足も、何も用が無いので、脳が「つまらん」と言い始めるもので。

まだ買って数日の「セルボ」号も、正直、アクセルワークは「リニア」じゃありません。
踏んでも踏んでも前に行かない。
おいおい、これってターボモデルでしょ、とツッコミたくなります。
しかも燃費悪い。軽で燃費悪いって、結構致命的です。
どうも、8~9kmしか走らない模様。をいをい。

でもまぁ、スイフトよりも「ワクワク」した気持ちでステアリング握れます。
それだけでも充分。
ビートほどじゃないけど、それなりに気持ち良いドライビングできそうです。

「S660」までは、これで頑張ります(笑)

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2011年9月22日 (木)

小田急「ドラえもん電車」打ち切りに物申す

「特別電車「小田急F-Train」の車体ラッピングの終了について」(小田急・PDF)

何とも信じられないニュースです。
8月に走り出したばかりの、「ドラえもん電車」、ことF-Trainが、
9月末日で突然の運転中止。

プレスリリースによると、理由は2点あげられています。

1.許可申請を実施しなかったこと:東京都屋外広告物条例第23条
2.広告物の面積が基準(車体1面の10分の1以下)を超えていたこと
 東京都屋外広告物条例施行規則第19条

※参考
東京都屋外広告物条例
東京都屋外広告物条例・施行規則

1.については、小田急法務部の失態と言えるでしょう。
(小田急規模の会社に法務部が無いって事はないでしょう。
大変な裁判も抱えていた事ですし。)
過去、広告電車を走らせた事があったのか無かったのか、
定かではないですが、そういう条例が存在する事は、
やはり知っておくべき事でした。

ただ、2.に関しては疑問は残ります。
特に気になったのは、2年前に走っていた、
山手線のチョコレート電車の事です。

当時の『鉄道ファン』のニュース記事
Google画像検索の検索結果

全身を茶色に塗った(正確には「貼った」かもですが、細かいことは置いといて)電車は、
まごう事なき「編成まるまる明治チョコレートの宣伝電車」だったではないか、
と思うわけです。

でも、そう思うのは、この電車を「生」で見たことがあるからです。

この電車が走り出した時、あちこちのニュースサイトで取り上げられましたが、
どの記事にも、明治チョコ云々は載ってませんでした。

あくまで「山手線開通100周年記念」「懐かしい茶色の電車復刻」
としか書いてありませんでしたし、
また、「側面」をはっきり写した写真も出てませんでした。

そのニュースを一通り目にしていたので、
実際、生で走っている姿を見た時は
「うへ~、なんじゃこりゃ~~」と驚いたのを覚えています。

なんせ、「復刻」を謳っている割に、色は濃茶なので「ぶどう色2号」ではない。
そして、あちこちに書いてある「明治チョコレート」の文字やロゴ。

どこをどうみても、これは「宣伝電車」だな、と思いました。

ニュースで流れている「100周年」の話しと、
実際生で見た「チョコレート電車」の相違に、
何か歯に物が挟まったような矛盾を覚えたものです。

でも、今回の一件で、なるほど、と合点がいきました。

茶色いのは、あくまで「100周年」のための特別なカラーリングであり、
そこに「明治チョコレート」の文字やロゴがある事(すなわち「宣伝」)とは、
相関関係はない、という言い逃れだったのでしょう。

実際、あれだけ「100周年」という部分だけが報道されれば、
茶色い理由は「復刻」である、という既成事実が出来るので、
実物を見てなければ、そういうものなんだ、と自然に思う事でしょう。

でも、ホンモノをみれば、あれが「ぶどう色2号」ではない事※、
そして、あれは「明治チョコレートを宣伝するための茶色」
である事は、一目瞭然であった事と思います。

※ぶどう色2号云々は、分かる人にしか分からない話ですが。

マスメディアまで巻き込んでの「条例逃れ」とは、
JR東日本(ないし、裏で動いている広告代理店)のやる事はずるがしこすぎます。

※しかし、「施行規則第19条」自体が、
チョコレート電車以後に取り決められたもの、
という可能性もあります。そこまで調べがつきませんでした。

ところで、この「ドラえもん電車」、
まぁ確かに「宣伝」のための電車ではありました。
一応、先ほどの小田急のプレスには
「広告には該当しないものと認識」とありましたが、
時期的な事を考えれば、先日オープンした
川崎市 藤子・F・不二雄ミュージアム」宣伝のためだろう、
と自然に感じる事だと思います。

でも、この電車に既に3,4回ほど遭遇した者の目には、
それ以上に「夢を運ぶ電車」だな、という印象を強く持ちました。

F-Trainがホームに滑り込んでくると、
ホームにいる人達の目がキラキラと輝き始め、
やおらケータイなどを取りだし、パシパシ写真を撮っていました。

きっとその後は、その画像を友達にメールしたり、
ブログやTwitterにアップしたりと、
それぞれに、その喜びを発散していた事だと思います。

東京に10年近くいますが、
これだけ人々の注目を浴びる「通勤電車」は見たことがありません。

それを、「条例違反」という、しかも、別に人を殺したとか、
税金をちょろまかしたとか、そんな重篤な犯罪・脱法行為をしたわけでもないのに、
いきなり手打ちで中止に、というのは対応が厳しすぎると感じます。

ただでさえ、人々が夢や希望を失い、
自分以外の他人を信用する事ができない世の中になりつつある、
殺伐とした2011年だからこそ、こういう電車を走らせる事には、
宣伝を超えた意味があると思います。

小田急の落ち度と、現実として条例に引っかかっていた厳然たる事実はありますが、
単に「もう運転やめます」ではない、新しい「夢」を用意してもらえないか、
と強く願います。

Imgp5699
PENTAX K-7
SIGMA 12-24mm F4.5-5.6 EX DG ASPHERICAL (12mm)
1/30秒 F4.5 (ISO800)
小田急 新宿駅
2011年8月24日

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2011年3月26日 (土)

震災2週間

あの日から、「もう」2週間が経ちました。

「まだ」2週間しか経ってない、とも感じています。

とうとう、犠牲者の数が万の位に乗ってしまいました。

改めて、亡くなられた方にお悔やみ申し上げると共に、
避難生活を余儀なくされている方々にも、御見舞申し上げます。

阪神淡路大震災の時、
犠牲者の数が千人単位になった事自体が信じられませんでした。

当時まだ17歳でしたから、
自然災害でそんなに多くの方が亡くなる事なんて、
もう20世紀も終わろうか、という時代にあるわけがない、
と思い込んでいたのです。

そして、21世紀になりました。

33歳にもなった今をもってしても、
自然災害で万単位の方が鬼籍に入られる事なんてなかろう、
と思っていた事が、実際、この日本で起こってしまいました。

阪神淡路の時、日本の危機管理・有事への対応が、
実質的に「存在しない」状態だった事が露呈され、
その後、国も地方自治体も、その教訓を踏まえて、
いろいろ準備し、備えるようになったかと思います。

自治体に関しては、その教訓が、少なからず生かされ始めているようです。

それに比べて政府の方は・・・。

何かあっても何も出来ない事は、地震前から分かっていた事ですが、
救いようがないのは、出来る、と思い込んでいる事かもしれません。
素直に「私にはこの災難は乗り越えられません」と言ってくれれば良いのに。
残念ながら、恐らく国会の中でも、
一番「そういう事」を言わない人がトップにいるわけですから、
これから先の復興がちゃんと出来るのか、
そろそろ何とかしなきゃいかんのじゃないの、と思っております。

この2週間、東北地方の惨状はテレビで見ておりましたが、
実際自分がいる東京の混乱振りも、目を覆わんばかりです。

ガソリン、パン、牛乳などで始まった買い占めは、
今では水に移行をしております。
次はなんでしょう、西へ逃げる電車の切符を買い占めるのかな・・・?

地震後の東京での混乱振りを見ていると、
思い出すのは、押井守監督の映画「パトレイバー2 the Movie」です。

ベイブリッジの破壊にはじまり、
自衛隊と警察との確執により東京は戒厳状態となり、
最後には「戦争状態」にまでなっていく。
でも、それはちょっとした情報操作によって「心理」的に形成されていく。

今の東京を見ていると、それを同じような事が、
リアルで展開されているような錯覚を覚えるのです。

買い占めでスーパーから食品が消えた、
人々が大挙して買い占めに走っている、
みんな買い占めはやめよう!、と叫ばれ続けています。

でも、もう、パンも牛乳も、店頭に並び始めています。
ガスだけは、まだ入手し辛いようですが、
これは「買い占め」とはちょっと違う気もします。

そもそも、被災地への支援物資として、
パンは大量に送られているはずですから、
そもそも、供給自体がいつもより少なくなっているのも事実。
また、被災によって生産量が落ちている事も確か。

本当は、買い占めした人って、ごくごく一部だったんじゃないか?、
という気がするのです。
それが、「買い占めはやめよう!」キャンペーンによって、
買い占めの悪党がたくさんいるような気になってくる。
いや、本当にいたんだと思いますが(実際、目の当たりにもしてます)、
少々誇張され過ぎていたような気がするのです。

毎日テレビで流れてくる「シーベルト」「ベクレル」の数値。

大変、マイクロがミリになった!東京でも観測された!水道でも出た!、
と報道される度、スーツケースを持って東京駅へ向かう人が増え、
ペットボトルの水がスーパーから消えていきます。

でも、どれだけの人が、その放射線の危険性や、
それによる悪影響などを熟知しているか?

僕は知りません。

何が起こるか分からないのに、怖くなって、行動してしまう。

分からないから行動するんだ、というのも確かですし、間違った事でもありませんが、
どうも、ひたすら流れてくるいろんな数字を見せられて、
正常な判段や思考が出来なくなっているような気もするのです。

そしてついに、先日は、原発のがれきを除去するため、
戦車を投入、というニュースが流れ、
都内を運ばれていく戦車の姿をテレビで見ました。
こうなると、本当に「パトレイバー2」の場面そのもの・・・

地震の被害、原発の恐怖とは別の部分で、
あのアニメの世界が現実にあり得るのだな、という、
違う意味での恐怖を感じているところです。

さて、次回からは、このブログも、平常運転に戻そうかな、
と思っています。

犠牲者の皆さまの事を思うと心苦しいのは確かなのですが、
いつまでも、喪に服してばかりではいけない、とも感じています。

不謹慎にはならないように心がけますが、
また、カメラや電車の事を書いていこうかな、と思っておりますので、
どうぞお許しください。

改めて、被災地の皆さまが、一刻も早く、
「当たり前の日常」を取り戻していただける事を、
衷心より祈念申し上げております。

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2011年3月19日 (土)

被災された皆さまにお見舞い申し上げます

この度の東北関東大震災におきましては、
被災・罹災された皆様方にお見舞い申し上げますと共に、
不幸にも命を落とされた方々のご冥福をお祈り申し上げます。

1995年1月17日午前5時46分、という時間が、
僕を含め、多くの方々の脳裏に深く刻まれておりますが、
そこにまた、改めて、
2011年3月11日午後2時46分、という時間も、
一生忘れられぬ時間として記憶される事となりました。

1995年の地震を、
割と近くの徳島で体感した事のある身としては、
それを遥かに上回るような規模、被害の地震が、
こうも近くで発生した事に、恐怖を覚えます。

何よりも、被災された皆さまが安心して生活できる日が、
一日も早くやってくる事を願ってやみません。

・・・と書くのは簡単なんですが、今回は特に困難を伴います。

被災して避難所に身を寄せている、あるいは自宅等にいながらも、
避難生活を送る事を余儀なくされている方々は、
ゆうに70万人ほどになるとの事です。
という事は、1日2食に限ったとしても、毎日150万食を、
東北一帯に届けなくてはならない事になります。

その状態が、神戸のような一極集中ではなく、
南北500kmに渡る海岸線で発生しているわけです。

また、今回は、首都である東京も大きく揺れた事に加え、
原発事故により送電量が減って停電が続いている事から、
東京近辺にいる人達の間でもストレスが蓄積され、
イライラが募り、冷静な行動が出来なくなりつつあります。
これは、いざいよいよ復興へ、という段階へ向けて、
前になかなか進み始める上で弊害となっています。

まして、全軍率いるトップが、あの状態では尚更・・・、
不安が高まるのも仕方の無いところです。

自衛隊ほぼ全軍出動しての人海戦術を、
いつまでも続けていては効率も落ちてくるでしょう。
安全保障面での懸念もあります。

神戸の経験だけでは乗り切れられない現状に、
東京にいる自分には、義援金を拠出する事しか出来ません。
なんとももどかしい思いを、この1週間募らせてまいりました。

でも今は、思い、祈る。実質、それしか出来ないのです。
同じように、じくちたる思いをしている人は全国にたくさんいます。

神戸の時以来、口に出来ない言葉の1つが「頑張って」、です。
もう精一杯頑張ってるところに、もっと頑張れ、などとは酷な事です。

だから、自分は頑張れるところで頑張りたい。
いつものように仕事して、いつものように経済活動してお金を落とす。
それが、回り回って、被災地の復興の糧となる。そう信じて。

カミサンが「東北に旅行に行きたい!」と言っていたのです。
早く、そうなる日が来て欲しいな、と願いつつ。

日本復活の第一報は、もう踏み出されようとしております。

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2010年6月16日 (水)

Gigazineに徳島駅がたっぷり(古い記事です)

徳島駅に入場制限がかけられるほどの人が殺到、
近藤隆さんらが特急むろとに出発合図を出した一日駅長イベント
(Gigazine)

Gigazineはあまり好きじゃないんですけど(苦笑)、
見つけてしまったので、ちょっと紹介。
とはいえ、ネタ自体は古いものですので悪しからず。

今年の1月に、声優さんをゲストに招いて
徳島駅で一日駅長のイベントがあった時の模様、らしいです。

ぶっちゃけ、どこのどなたかは存じないのですが(滝汗)、
徳島駅内外の模様を撮った写真が、えらくたくさんあります。
それだけでも、一見の価値ありかもしれません。

なんせ、全国規模のメディアに、
徳島駅構内、徳島駅前の写真が、
こんなに大量に掲載される事なんて、
今後二度とあるとは思えませんので・・・

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2010年6月 8日 (火)

BSフジで徳島の番組

BSフジで7月から徳島の情報番組 丼が取り持つ縁を題材に全7話 (msn産経ニュース)

おぉ、そんな番組を。

ここは是非、兄イチオシ、
大歩危小歩危なんて目じゃない、
国道193号線沿いの断崖絶壁、巨石に埋もれる川など、
人跡未踏かと思える凄まじい光景などいかがであろう。

-----

「蒼い楽園 徳島」 番組公式WEBサイト / BSフジ放送案内
7/3(土)スタート (隔週放送・全7回)
隔週土曜AM10:00~10:30 (再放送 木曜PM6:30~7:00)
放送:BSフジ (衛星デジタル放送)

*6/29追記:番組サイトのリンクを追加しました。

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2010年5月 5日 (水)

都心大徘徊中

朝8時半頃起床。中央線201系の運用を確認し、撮影セットを手に外出。
御茶ノ水下車、軽くロケハン、ポイント確定。機材はF4SにSIGMA21-35mmを選択、フィルムは最後の「VELVIA」(50ではない)。
同業者多数。上り撮影後、一斉に道路に飛び出し、逆サイドを狙うやう。
ちなみにすぐ真横は交番ですよ。恐ろしきかな鉄の脱法行為。VELVIAは、まだF4S内にあり、残り数枚の使い道を模索中。
夜の部まで時間あり、アキバのコインロッカーに機材を放り込む。肩にはD80+SIGMA21-35mmのみ。
初の都電撮りを敢行。荒川遊園付近、学習院付近にて。歩き回って疲れる。
我楽多屋に立ち寄り。PEN FやCanon7のケースを見つけるも、微妙にエクスペンシブにつき見送り。
アキバに戻って機材をピックアップ、夜の部に備えて西へ向かってる途中。「能登」で活躍した105/1.8の活躍に期待。
でも、夜はE233なのでは、との悪寒もあり。
なお、もうすぐ中野なので、途中下車せざるを得ず。

…以上、偽ツイートでお届けしました。勿論、字余りです!?

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2010年2月26日 (金)

三田小山町の大銀杏、伐採さる

091222_03

再開発まっただなかの、
港区三田一丁目(旧町名・三田小山町)

道沿いに立つ、古木の銀杏。
足下には、小さいながらも祠が。
その名を「銀杏(ぎんなん)稲荷大明神」と申すそうです。
(正式には「白滝稲荷神社」)

たまたま、会社の昼休み、カメラの試写でフラフラ歩いていた時、
この古木を見つけ、足を止めました。

街路樹の銀杏と違い、太くてどっしりとした幹が大地を捉えていました。
この木が、この場所で長年根を張っていた証しを言えましょう。

再開発で高層マンションが建ち並び、
すっかり埋もれて見えなくなってしまいそうなこの大銀杏。

先日、

伐採されてしまいました。

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あそこまで育つのに、果たして、何十年、何百年の年月がかかったのでしょうか。

一方、切るときはアッという間。
きっと、数十分程度の出来事だったのでしょう。

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Imgp0651

かつては、三田小山町のシンボルだったという大銀杏。

日本人は、古い物に関心がない、興味がない傾向にあります。

特に東京の人は「江戸っ子気質」で、新しもの好きとあいまって、
古い物に対する愛着度は相当に低いようです。

建物なら、もし壊したとしても、
同じ材料から、同じ部材を作れば、
同じ形の物を再建する事も出来ましょう。

しかし、木は、切ってしまえば、それでおしまい。
全く同じものが帰ってくる事はありません。
生物、人間と同じです。

ましてそれが、ご神木のような大事なものであれば尚更・・・

実は、調べてみると、この銀杏の木、「2代目」のようです。

戦前、都電を通すため、2本の大銀杏が伐採されました。

その後、関係者の間で不可解な出来事が次々と・・・
これが、祟りと申すものでありましょうか・・・

伏見稲荷から、改めて銀杏を移植してくる事で、平静を取り戻したそうです。

しかし、その大銀杏もこうして伐採されてしまったわけです・・・

たまたま、通りかかった時、不思議なオーラを感じて、
「すごい木だなー」と思ったのが、去年の末の事でした。

それから、数ヶ月と経たない出来事です。

もっと、その勇姿を拝みたかったものだ、と残念に思いますし、
人間とは何ともあさましく、自分勝手で都合のいい生物なのだな、
という思いを新たにしております。

※参考
芝地区地域情報誌創刊号(P2、3) ※PDF
DISCOVER JUBAN 麻布十番再発見!(9)
元神明宮 (Wikipedia) ※銀杏稲荷は、元神明宮の境内社
都電一代記「34系統」

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